峰村茜のホームページへようこそ!どうぞごゆっくりご覧ください。

「やりたいことをやる」ことを「人質」にしたくない、できない。

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

「やりたいことをやる」というのを、「人質」のように思ってはいけないなと思います。

人質というのはつまり、やりたいことをやるために「何かを取引する」ということです。

もしもそれが単純な我慢なら(だらだらする時間を勉強に当てるとか)、やりたいことのためには全然苦にならないと思いますけど、そういうのではなく、もっと「自分にとって大切なもの」を引き換えにする、ということです。


例えばそれは、私の場合は、「心をこめて演奏している自分」ということであったりします。

矛盾しているかもしれませんが、私は「演奏させてもらうためなら」という理由で、演奏のために毎日毎日練習して音楽のことを考えている自分自身を裏切るようなことを、してしまうことがあります。

悔しいなら言い返せばいいのに、言い返すどころか相手にお礼を言っている自分。嫌なら嫌で断ればいいのに、我慢して頑張っていい人になって、後で苦しくなってしまう自分。本当はもっと突き詰めたいのに、今のままじゃ全然ダメだと思うのに、満足しているふりをしている自分。周りに合わせる自分。

どれも、大人にならなきゃと思って頑張って身に着けた社交術のはずで、自分が望んでやっていることでした。

やればやるほど、外面の自分が内面の自分を裏切って傷つけていました。

あれだけ時間を積み重ねてきたのに。

「これまでの自分」を放置して、その場の人間関係を保つことばかり。

自分の思いと結果が噛み合わなかった時、一番傷ついているのは自分なのに、自分の積み重ねてきた時間と思いのことを全く知らない人の言うことを聞いて、笑って、後で別の人に冗談混じりに愚痴って、愚痴る自分も嫌で。

一番傷ついているのは自分なのに。それは放置。音楽を好きだ、という自分の気持ちは、傷ついたまま。それでも踏ん張り続けたから、あの時折れたのに。


人質にしてはいけない、と思います。

社交術も大事ですが、それは別の話。人質にしない。自分を裏切らない。しょうがない結果になってもそれはしょうがない。しょうがなくなっても良い。

私は、音楽が大好きです。