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もっとピンポイントに音をイメージしたいです(自分の課題についてあれこれ)

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

今日も録音のため、この前とは更に別の場所をお借りしてポコフィーカのNaoさんと弾きました。

場所によって、録音する機器によって、録音する機器の置き場所と向きによって、あと私達自身の立ち位置によってバランスや聴こえ方が変わるので、奥が深いなあと思います。

今日は同じ曲を別々の機器で録音して、帰ってから聴き比べることができておもしろかったです。全部聴こえ方が違っていて、「演奏や演奏場所は変わらないのに、機械で印象がこんなに変わるんだ」と思って感心しました。

弾いている間は自分の課題がやはり色々感じられたので、そこを重点的に練習しようと思いました。

全体的にどの曲も、細かいニュアンスや音のイメージがちゃんとついていないか、もしくは自分の出したい音と違う雰囲気の音が自分の中にインプットされてしまっているみたいなので(その曲を習った頃の「自分の癖」に引っ張られていて、出したい音よりも「いつも出ちゃっている音」をついイメージしてしまっている)、良い感じに弾けている時の音の出し方と照らし合わせながら、音の出し方をもっと良くしていきたいと思います。


ここからはかなり感覚的なことを書くのですが、弾いていてうまくいっていない時は、「音のイメージ」よりも「拍」とか「弾き方(ここでこの指!とかここで弓をこうする!とか)」が先行しているな、というのを常に強く感じます。そうすると変に力が入って、音が硬くなったり、音を押してしまったり、アクセントもつけられなかったり、逆に音が意図せず飛び出してしまったり、全体的に不器用になります。

そうではない。そうではないんだ!といつも思います。

反対に、うまくいっている時は拍や弾き方よりもとにかく「音のイメージ」が先行していて、その音を出そうと思ったら必然的にそこに指が自然といくし(指のことはあまり考えません。考えるなら「塊の最初の音」だけ考えます)、弓の使い方も自然と良くなるのを感じます(そういう時に自分の弓を見ると、「へえ~こういう風に動かせるんだ、私」と思います)。そういう時は頭で論理的に考えてその動きをしているわけではないので、身体の動きも自然だし、音楽も既に自分のイメージができているので、そこにいかによせていくか、という感じです。拍も、拍が先行しているのではなくて「音のイメージが拍を内包している」という感じです。

(ちなみに拍や弾き方のことを先行させて考えている時は、「自分のイメージによせよう」というよりも「(イメージが無いので)探り探りやる。出たとこ勝負」という感じがします。そうすると全体的に雑になってしまって、ニッケルハルパの良さを引き出せていないなと感じます)

全体的に、「もっともっとピンポイントに」というのがカギになる気がします。例えば弓を返した時の音と、そのままの弓で続けて弾く音(スラ―の後半の音)では音のニュアンス自体が変わるし、そこをあえて変える方がニッケルハルパっぽいと思うのに、つい同じイメージでだらーっと続けてしまうから音が硬くなったり微妙になるんだよな、と自分で弾きながら感じます。(←ちなみにこの「弓で返した音とそうでない音」の弾き分けには、左手のキーの力加減とタイミングもとても重要だと思います。なので、スラーの後半の音が開放弦の時は、指で押さえなくていいので割とニュアンスを作りやすい、と私は思います)

自分の課題を書くことについ熱が入ってしまいました。読んでいて意味不明でしたら申し訳ありません。言葉で書くと頭が整理されるのでつい書いていますが、それが演奏でできるように、引き続き頑張ります。

今日はMagnsu Holmströmの演奏する「Lärkan」の動画です!Magnus(マグヌス)の動画はDavidと演奏しているもの以外にあまりたくさん紹介してこなかったかもしれません。マイナー(短調)の曲が多い地域の方なので、マイナーの曲の演奏がやはりとても似合います。ご本人は明るくてとてもおもしろくて、気さくな方です。演奏は動画だと伝わりにくいかもしれませんが、とても力強いです!

私の動画は267曲目「”Hej hoppsa min stinta”(Visa efter Kalle, från Jämtland)」です!この曲(歌)はあまり知られておらず、無名の短い短い歌だそうです。この歌を教えてくれた人は、そういう「無名の歌」をとてもおもしろがって、色々なところへレコーダーを持って歌を教わりにに向かい、集めた歌を宝物ののように大事にしている人でした。

今日もお読みいただきありがとうございます!