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アドバイスを黙って聞いている側の人は、見えないところで歯を食いしばっている。

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

先日、普段あまり関わりのない方々とお話をさせて頂いた機会があったのですが(私はほとんど聞き役でしたが)、そこで一人の人が別の人にアドバイス(口調は丁寧でしたがいわゆるダメ出し。求められていないアドバイス)をしていました。

立場としては、アドバイスしている側の人が立場(や年齢やその他もろもろ)が上で、されている側の人は立場が下、という印象でした(業種は違います)。私が上下で表現するのは大変失礼なのですが。

私はそれを黙って見ていたのですが、やはりどうしてもそういう状況を目にするといたたまれないというか、嫌な気分になります。

もちろん、言う側は「良かれと思って」、「相手のためを思って」「親切心で」言っているつもりでいるのはよくわかります。悪気はないこともよくわかります。そして言われている側が心の中で本当は何を思っていたのか、私にはわかりません。

でも正直に言うとその時私は、「求められていないアドバイスをする側は、されている側がその裏でどれだけの努力をしているのかを知らずに言っている…」と思いました。(不快にさせてしまったらすみません。未熟者の意見としてお読みください)

(ちなみに業務上必要な「注意」や「指導」はまた別、と思っています)


そもそも多くの人は、自分の目に見えないところで他人がいかに努力しているのなんて、知らずに生活しています。私自身もそうです。私が普段接する人達も皆、私の知らないところでたくさん悩んだり傷ついたり、努力しています。私はそれを全く知りません。「知らない」ということにすら、気付いていない場合がほとんどです。

だからそのアドバイスの内容だって、確かにそうかもしれないけど、言われた本人は実はそのことについて既に死ぬほど悩んでいたり努力しているのかもしれない。にも関わらずまだ結果が実を結んでいないくて本人もあがいているのかもしれない、と思うんです。

そして、それなのに、何も知らずに親切にアドバイスしてくれる人の言うことを、黙って聞いているのかもしれない。自分の心の叫びを押し殺して。

その状況に、言う側は、気付いていない。気付かずに話して、満足している。


似たような状況を今まで何度も目にしてきたし、自分がその渦中にハマってしまう時もよくあるけれど(言う側としても、言われる側としても。私が言ってしまった方々には、すみません…)、

本当にその人のためを思うなら、本人が失敗して悩んで自分で自分の道を切り拓くのを、ただ信頼して見守ることが一番なんじゃないかと思います。本当に励みになるのは、そういう人の存在です。(しかも、何が「間違い」かなんて結局やってみないとわからないし、結果論でしかない)

それができずに口を出したくなるのは、口を出す方のエゴで、「自分は知っている」とか「気付いている」という無意識のアピールだったり、アドバイスすることによって「感謝されたい」という欲求が心の奥底にあるような気がします(たいてい無意識なので、悪気は本当に無いのですが)。

あとは、その人がミスすることによって「自分が」恥をかきたくないとか、状況をコントロールしたいとか。単純にマウントをとりたいだけの場合もあります。嫉妬とか。


こういうことを10代の頃からずっと考えていたのですが、口に出してはいけないような気がしてあまり言ってきませんでした。でも今日は勇気をもらったので、書きます。ずっとずっと思ってました。何度も何度もコノヤローと思ってきました。

私は間違っているかもしれません。間違っていても良いです。私はこう思います。

黙って聞いている側がどれだけ歯を食いしばっているのか、声の大きい側は気付かない。悪気はない。

そういう人達に気付いてもらうのを待つのではなく、自分が、成長する。

今は我慢の連続でも、いつか必ずそれが実を結ぶ。悔しさをあがく力に変えて、もがきながら私も前に進み続けたいと思います。