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自分のためにも周りのためにも、無理はやめた方が良い。

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

これは私がスウェーデンで学んだこと、そして最近はできるようになってきたけど未だにうまくできないことの一つです。


私はよく無理するタイプなので他人のことは言えませんが…そもそも、無理と我慢は続きません。

無理なら無理と最初から言った方が良いです。あとからちゃぶ台返しする方が、相手にとってはよっぽど迷惑だからです。そのために計画・準備してきたものが台無しになるからです。それなら最初からOKしないに越したことはありません。

第一、無理は自分が辛いので。

無理してしまうのは、なぜでしょうか。自分が無理してでも得たいものは、何なのでしょうか。相手の信頼?好かれたい?良く思われたい?助けてあげなきゃと思った?

それ、全部相手は何も考えてないです。断られたくらいで機嫌をそこねる人は放っておけば良いです。断ったぐらいで信頼を失うなら、そんな人とは最初から関わらない方が良いです。助けてもらいたい人は、ちゃんとプロに対価を払って手順を踏んで助けてもらうべきです。

本当にちゃんとした関係を築いている人なら、まず間違いなく「無理して欲しい」なんて思っていません。

無理を続けていると、無理している方はいつの間にか「利用された」と思うようになります。無理させた方は、「無理してるなんて知らなかった。悪いことをした…」と罪悪感を抱くようになります。誰も得しません。お互いに不幸になるだけです。

と、書いている私自身、自分が無理していることにすら気が付かないことがよくありました。でもいくつか、サインがありました。そのうちの二つを書きます。

一つ、朝起きられない(だるい)

二つ、「大丈夫」と自分に言い聞かせることが増える

この二つです。

私は朝が苦手ではありません。冬の朝はちょっと嫌だけど、まあ起きられます。でもしんどい時は本当に起きたくない。眠くなくても、いくらでも寝られる。

あと「大丈夫、私は大丈夫」と自分に言い聞かせるようになったらヤバイです。これはかなりヤバイです。繰り返します。これはかなりヤバイです!そういう人は休んだ方が良いと思います。マジで!休んでください。あと自分に優しくしてください。世界を敵に回しても。

(「弱音なんか吐くな!そんなんじゃ社会でやっていけないぞ!」と言う人が周りにいらっしゃるなら、当たり障りのないリアクションをしつつ「こいつ人生詰んでんなあー」と思っときゃ良いです。同じ人を相手に同じことを思ってる人、他にもいるので)

ちなみに私は、最近自分に「大丈夫」って言い聞かせること、減りました(以前はよくありました)。本当に大丈夫な時は「私は大丈夫…」なんて思わないのだということがよくわかりました。

無理はしない。じゃあ、自分にとっては何が無理なのか、どこまでがボーダーラインなのか。それは自分にしかわかりません。自分の限界を知ることができるのは自分だけです。

無理をしないということが今はまだ状況的に難しいかもしれません。じゃあ、どうしたら良いのか、考えるのです。今は方法が無くても、必ずあります。自分が無理せず生きる方法を探すのです。無理しなくてもいい関係性を築いていくのです。全員と、じゃなくて良いから。

それが私がスウェーデンで学んだことの一つです。無理なものは断ろう。断っても大丈夫だから。それでダメになる関係性ならどっちみちダメになってたさ!断るために悩む時間があるならコーヒー飲もうぜ!という感じ。

断ることは、悪いことでは全然ないのです。

120曲目は「Tjustersschottis」。Markus SvenssonとOla Hertzbergの作曲です。ある演劇のBGM用に書いたのだけど、明るすぎてボツになったと言っていました。

今日ももう1曲。「Polonäs」Sexdregaという所の曲集からです。本当は曲の番号もあるのですが、人によって情報が違うので番号は載せないでおきます。有名な曲です。私はクラリネットで吹いていたのでボーイングは自己流です。

今日もお読みいただき、ありがとうございました!