峰村茜のホームページへようこそ!どうぞごゆっくりご覧ください。

身体の使い方と自由な演奏について。質問の答えを頂きました!

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

確か先週の土曜日くらいに、身体の使い方のことで疑問に思ったことをブログに書きました。記事はこちら→『ちょっと壁にぶつかったような気がします』

それで、私が”音楽演奏における身体の使い方”を習っている先生に質問してみました。

質問したのは以下の2つです。

①身体の使い方を学ぶとどうしても「身体にとって動きやすい理想的な姿勢をというのがあり、演奏中もその姿勢を取るべき」と言われているような気がしてしまうが、演奏中はそれとは別に自由に動きたい!どうしたらいいか。

②「身体のことを考えて」と言うけれど、演奏中は身体のことよりも曲や音のことを考えたい!どうしたらいいか。


頂いた答え。答えて頂いた順番に載せます。

まず②から。

「身体のことを考える」ことと「音楽や曲のことを考える」ことは、そもそもぶつかるものではなく両立できるもの。これは「身体のことを考える」という表現自体が誤解を与えてしまっているかもしれない。ここでいう「身体のことを考える」とは、例えば骨格や筋肉のことを視覚的にイメージしたり、「ここが動いてそこがこうなって…」というように言語化して考えることではない人と話をしながら歩いている時に「歩くためには足が前に出てかかとは…太ももは…」とかいちいち言語化したりイメージせずとも歩くことができるのと同じで、いわゆる『頭で考える』のとは別のもの(もっと運動的な、感覚的なもの、と私は解釈しました)。だから演奏中はもちろん曲のこと(出したい音や表現や曲の情景など)を思い浮かべるのが良いし、そこで同時に身体に意識を巡らせることが可能。そういう意味で「考える」ということ。

①「こういう姿勢を取るべき」というものは無く、あくまでもこれは演奏で表現したいことをより表現しやすくするための方法でありメソッド。ただその過程で、一度慣れている方法を置いておいてあえて別の姿勢を取ってみることがあり、それが弾きにくい時もあるかもしれないし(部分的に何かを変えた場合、その一か所を変えたことに伴って他の身体の他の部分が弾きにくくなってしまうということがある。そうすると「前の方が良かった」と思ってしまう)、またその時に「こういう姿勢をとるべきだ」と言われている気がしてしまうかもしれない。が、それはまだ途中の段階であって、「その姿勢を保つべき」というものでは無いから、自由に演奏した方が良い。その中で改善できるところを改善していくもの


口頭で説明して頂いた内容を私なりに簡単にまとめるとこうです。私はとても納得しました。

②の方、確かに私は「考える」というのを「頭で考える」の意味だと思っていて、イメージしたり言語化してばかりいました(イメージや言語化が悪いわけではないが、「そこが到達点ではないのだ」ということだと思います)。「だから色々うまくいってなかったのかあ」と思いました。実際この答えを頂いてから、今までよりももっと感覚的に身体のことを意識するようにしたら、やりやすくなりました。感覚的に意識する方が自然で楽だなと思います。ていうかそうじゃないと続かないですよね。

①の方も、「こういう姿勢を取るべきというのは無い」というのはなんとなくわかってはいたのですが、それでもどうしても「そう言われているように思ってしまう…」というのが悩みのポイントだったので、そこを含めて解説して頂いたのでこちらもとても納得しました。途中、というのがとてもわかりやすかったです。最終的にはそうは弾かないけど、一回こういう風にやってみよう!的なことだと解釈しました。

質問して良かったです。

ここでもし質問せずにモヤモヤしたまま終わっていたら、すごく残念なことになっていたと思います。相手の意図って、わかっているようでわかっていないことも多いのだなと思いました。言葉の問題もありますし。

私も自己完結してしまうところがあるので、また何か他の場面で疑問に思うことがあったらちゃんと質問しようとあらためて思いました。

お読みいただき、ありがとうございました!