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スウェーデンの歴史⑥ヴァイキング時代の終焉~中世へ(9~11世紀)

/ ニッケルハルパ奏者

ニッケルハルパについて知るために、スウェーデンの歴史も知ろう!ということで、スウェーデンの特番「Historien om Sverige(スウェーデンの歴史、2023年放送)」を見てメモした内容から、歴史の流れを見ていきます。

今回はヴァイキング時代の宗教~ヴァイキング時代の終焉~中世に入るところまでです!

9世紀頃ーキリスト教の流入(最初の宣教師)

以前、少し登場したビルカ(Birka)の都市を見てみましょう。ビルカは、今のストックホルムの西側、メーラレン湖の島に存在していた都市です。

★ビルカが登場した記事→スウェーデンの歴史④ヴァイキング時代への移行

(ビルカについて詳しくは→Wikipedia「ビルカ」

9世紀のビルカは、交易が盛んで、世界中の様々な地域から物や人が集まってきていました。

新しく人がやってくるということは、それだけ新しい慣習・文化・やり方が入ってくることでもあります。

その中には、「新しい宗教(=キリスト教)」もありました。

スウェーデンに来た初めての宣教師アンスカル

ドイツからやってきたアンスカル(Ansgar、スウェーデン語読みだとアンスガル)という修道士がいました。

彼は、私たちが知るかぎり、スウェーデンに来た初めての宣教師です。

当時、アンスカルは自由に宣教活動をすることが許されていました。ヴァイキングたちは合理的だったので、変に宣教活動を妨げるよりも、彼に自由にさせることでヨーロッパの他の国々(キリスト教の国々)との関係性(交易の可能性)を良好にしておこうと考えたのでしょう。

アンスカルはビルカの人々をキリスト教へ改宗させようと挑戦し続けましたが、スヴェア人たちはまだ北欧神話の神々(asatron、土着の信仰)を信じており、改宗は難航しました。

北欧神話の影響は、依然として強かったのです。

土着の信仰ーヴァイキングの儀式

北欧神話(土着の信仰)の影響が強かったことは、儀式が行われた痕跡からも見ることができます。

儀式の場(Kultplatser)ー動物や人が樹々に吊るされた

「ビルカ」や、以前出てきた「ガムラ・ウプサラ(Gamla Uppsala)」、「ウップオークラ(Uppåkra)」。

こういった都市(中心地)に限らず、当時はスカンジナビア全体に「儀式のための場所」(Kultplatser)がありました。

この「儀式の場」で、人々は犠牲や生け贄を神々へと捧げていました。

スウェーデンには今でも「○○lund(○○ルンド)」とつく地名がたくさんありますが、この地名は、「かつてそこで、神聖な樹々に生け贄が捧げられていた」ことを示している、とも考えられるそうです。

捧げられたのは、動物や人間です。

彼らをその場で殺め、その血でもって神々の機嫌をとることができる、と考えられていました。命を奪った後は、生け贄の体は神聖な樹々に吊るされました。

人々は定期的にこれを行い、神々に「戦いでの躍進」や「作物の実り」を祈っていました。

女性…不思議な力、霊界との交信

こうした儀式の場は各地にあり、女性が重要な宗教的役割(儀式のリーダー)を担っていたともされています。

彼女たちは、精霊たち(=人間界に不思議な影響を与えることができる存在)の住む「別の世界(霊界)」と繋がることができる(交信できる)とみなされていました。

そういった女性たちは「Välvor(ヴェルヴォル(複)=預言者、シャーマン、魔術師、巫女)」と呼ばれ、人々の畏怖の対象でした。

北欧神話には、オーディンが未来に対する知識を得るために、「既に亡くなっている女性(巫女)」を目覚めさせる、というエピソードがあります。

オーディンは全知に近い存在の神であるにも関わらず、そんな彼が助けを求めるほど、彼女たちは、「オーディンですら知らないことを知っていた存在」だとみなされていたのかもしれません。

文献の記述、教会の建設…古い信仰に上書きするように

不思議な力を持った女性たちについては、文献にも書かれていますが、多くの場合はキリスト教的文脈の文献です。こういった文献では、彼女たちはあまり肯定的に描かれておらず、むしろ忌避されています。

これは新しい信仰(キリスト教)が古い信仰(北欧神話)に対して対抗しようとした結果の記述でしょう。

また、イェムトランド地方のフレーセーン/フレースーン(Frösön)には、13世紀に建てられた教会(Frösö kyrka)があります。

1984年にこの教会の再建が行われ、地面を掘ったところ、教会の下から「白樺の切り株と、その周りに置かれたたくさんの動物や人間の骨」が見つかりました。調査により、これらは「教会が建てられるよりも前の時代のもの」で、ヴァイキング時代の儀式の痕跡だということがわかりました。

(「Frösön」という地名から、おそらく当時の人々はここで、Frö(フレー/フルー)、つまり、フレイ(Frej=北欧神話の神)に対して祈りを捧げていたのではないか?と考えられます)

古い信仰において重要だった場所(儀式の場)の上に、あえて新しい信仰の場(教会)が建てられました。新しい存在が古い存在にとってかわることを象徴していたのだと見られます。

◎フレーセー(フレースー)の教会↓

10世紀~11世紀ーキリスト教の本格的な到来(西側の地域を中心に)

10世紀は、宗教的には混沌としている時代でした。

キリスト教が徐々に入り込み、力を持ち始めましたが、依然として北欧神話の神々を信じて儀式を行う人もいて、両方が混じりあっていました。

この傾向は地域によって、大きく分けることができます。

【東側地域】(さきほど出た、ビルカ、ガムラ・ウプサラ、ウップオークラなど)ではまだ北欧神話の信仰が強く残っていましたが、それに対し、【西側地域】、たとえばヴェステルヨートランド地方(Västergötland)ではキリスト教がすでに根付き始めていました。

ヴァーンヘム修道院ーキリスト教式の最初の墓や、石造りの教会の遺構が見られる

ヴェステルヨートランド地方のヴァーンヘム修道院は中世(12世紀頃)の修道院ですが、ここには、10世紀初め頃のものと見られる「最初で最古のキリスト教式の墓」が見つかっており、当時すでにこの地で(他の地域に先駆けて)キリスト教が根付き始めていたことがわかります。

(※キリスト教式の墓…火葬ではなく土葬で、頭が東を向いている)

「埋葬方法を変える」ということが、当時の人々にとってどれだけ大きな意味のあることだったのかは、想像に難くありません。

スカンジナビアには様々な方法でキリスト教の視点がもたらされましたが、多かったのはイングランドやドイツからの宣教師たちでした。

◎ヴァーンヘム↓とても美しいので動画を載せておきます。修道院はあまり長く映っていないのですが。

また、ヴァーンヘム修道院とさきほどの墓のそばには、11世紀のものと見られる、「スウェーデン最古の石造りの教会の遺構(Kata Gård=カータ・ゴード。カータ教会の遺構)」が見つかっています。

当時、石で教会を建てるというのは非常に新しいものであったのと同時に、キリスト教の集まりが(他の地域よりも)かなり早くに行われていたことがわかります。

そして、この教会の基礎の北側には、石棺にきれいに入れられた、女性の骨が入っていました。

棺の蓋の中央には十字架が描かれ、周りにはルーン文字が刻まれており、棺に入った女性はKata(カータ)、そして埋葬したのは夫のKättil(シェッティル)だと読みとることができます。

石造りの教会を建てたのも、彼らか、彼らの親族なのではと考えられていて、DNAの調査によって、カータの見た目(160cm、ブロンド、青い瞳)までも再現されています。

◎カータ・ゴード(最古の石造りの教会の遺構)↓トップ画像はヴァーンヘム修道院ですが。

スウェーデン初のキリスト教の王、オーロフ(Olof Skötkonung)

この頃、スウェーデン初のキリスト教の王が登場しました。

オーロフ(Olof Skötkonung、10~11世紀頃)はスウェーデンで初めてのキリスト教の王です。

彼はヴァーンヘムからほど近い(数マイル離れただけの)ヒューサビー(Husaby)にて洗礼を受けました。

彼の影響でスウェーデンのキリスト教化がすすみました。

このオーロフですが、彼は「スウェーデンで最初の貨幣を作った人物」としても知られています。イングランドから専門家を呼び寄せ、貨幣を鋳造したそうです。

また、彼は、「スヴェア人の国(Svealand。※スウェーデン中部東側あたり)」と「ヨータ人の国(Götaland。※スウェーデン南西部あたり)」の両方の地を統治した最初の王でもありました。

新しい都市シグトゥーナ(Sigtuna)も建設し、ここをビルカの次のハブとなる都市(交易の中心地)とするだけでなく、「キリスト教都市」とし、自身の玉座もシグトゥーナに置きました。

(※「ビルカ=ヴァイキング時代の都市(遺構)」⇔「シグトゥーナ=中世キリスト教都市(スウェーデン最古の町)」と、対比して説明されることが多いかと思います)

オーロフは、東方の国々との関係性も築き、交易のためのネットワークや同盟を結びました。

その方法の1つが、子どもを影響力のある血筋(家系)の人々と結婚させることでした。

オーロフの娘インゲゲルド(Ingegerd)

オーロフの娘インゲゲルド(スウェーデン語読みだとインゲヤード/インゲイェード)は、ルーシ族の国の王と結婚しました。

(※ルーシと言うといくつか別の意味を指すみたいで、ややこしいのですが、先日のヴァイキングの記事に出てきたルーシ族の国のことだと思います。今の東欧~ロシアのあたりでしょうか。当時、スラヴ人やヴァイキングの子孫が住んでいた所だそうです)

この結婚により、以降ルーシ族の国とスカンジナビアは良好な関係を長い間築くようになります。

インゲゲルドは3人の娘を産み、それぞれをフランス・ノルウェー・ハンガリーへと嫁がせたことで、彼女の子孫が中世ヨーロッパのあちこちで力を持つようになります。

(※また、息子の子孫も、長い間ロシアを統治する家系へとなったそうです。私がよくわかっていないので、説明が雑で申し訳ありませんが)

インゲゲルドは11世紀のヨーロッパの中心人物の1人でした。

スウェーデン最後の土着信仰の王、ブロット=スヴェン…ヴァイキング時代の終焉

さきほどの王オーロフの話に戻りますが、西のヴェステルヨートランド地方ではキリスト教が根付き始めたものの、「東のスヴェア人たち」をキリスト教へ改宗するのはまだまだ至難の業でした。

たとえば、オーロフはガムラ・ウプサラの寺を燃やそうとしましたが、失敗したそうです。

反対に、「もうこれ以上ウプサラの辺りで宣教活動をしない」と約束させられ、ヴェステルヨートランド地方に戻らざるを得ませんでした。

(その分、ヴェステルヨートランド地方では上手くいったため、スカーラ(Skara)には現存されている限り最古の教区(司教区)が築かれました)

その後、11世紀の終わり頃まで、メーラダーレンの辺りのスヴェア人たち(ウプサラの辺りの人たち)は北欧神話の神々を信じ、生け贄を捧げていました。

当時のスヴェア人の国の王はブロット=スヴェン(Blot-Sven)。

彼は、土着信仰の(キリスト教以前の信仰の)最後の王として知られます。

しかし、彼の治世は長くは続きませんでした。

数年間玉座についたのち、ヴェステルヨートランド地方からやってきたキリスト教徒のインゲ(Inge)やその他の男たちによって殺されます(11世紀末)。

インゲはスヴェア人たちに対して力を持ち、キリスト教を正式な宗教として導入しました。

これにより、ブロット=スヴェンの死以降、キリスト教の王のみがスウェーデンに存在することになります。

ヴァイキング時代の終焉と中世の始まりです。

次回、中世の内容に入っていきます。

(※ブロット=スヴェンについて詳しくは→Wikipeda「ブロット=スヴェン」


石造りの建物の話は、以前書いたゴットランド島の建物の話でも少し出てきたな~と思いました。教会と家々とでは少し事情が違うかもしれませんが。

★ゴットランド島の話→Källunge(シェッルンゲ)教会のレリーフについて①

また、ここまで色々書いてきたので頭がこんがらがりそうですが(笑)、とりあえず「ウプサラの辺りはすごく栄えていて、中心的な役割を担った土地だったんだな」ということがよくわかりました。何度も名前が出てきますよね。

ヴェステルヨートランド地方についても、全然詳しく知らなかったのですが、ヴァーンヘム修道院もとても素敵な所だし、行ってみたくなりました。へえ~という感じです。

知らない土地のことを知るのもおもしろいです。

では、次回は中世に入っていきます。この辺から、おそらく「ニッケルハルパ(に似ている楽器)が描かれている教会の壁画の話」とも繋がった内容になってくるかと思うので、気を引き締めていきたいと思います♪