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スウェーデン民族音楽との出逢い④

/ ニッケルハルパ奏者

前回の続きです。

翌日のスウェーデン民族音楽の授業は古い体育館を使って行われました。

前日のようなポルスカや音楽についての説明は少なく、実際に曲を習い演奏することに焦点が当てられました。人数も前日よりも少なめに設定されていて、アンサンブルとしてはちょうど良かったように思います(前日は多かった)。

私はその日初めてEmiliaの楽器に目を留めました。それがニッケルハルパでした。


細かいことを挙げれば、例えば私はニッケルハルパのキーがたくさん並んでいる様子を「ナウシカの王蟲の足みたいだ」と思ったとか、キーがカチャカチャ音を立てて動くのが印象的だったとか、Emiliaの弾き方がすごく楽しそうだったとか、古い体育館の中で響いた音色がとてもきれいだったとか、習った曲がすごく良い感じだったとか、曲を教え曲について語るEmiliaの熱量が良かったとか、自分のクラリネットの音を褒められたとか、授業で印象的だったことは色々あります。

ただ私が一番よく覚えているのは、古い体育館に光が指していて、Emiliaがニッケルハルパを弾いていて、私達も習った曲を一緒に演奏していた、その光景と空気感です。それだけは強く覚えています。


その更に翌日は、サマーコース最終日にやる内輪のコンサートに向けての、準備の日でした。生徒はそれぞれ本番でやりたいジャンルの曲の練習に参加します。練習は同時に色々な教室で行われるので、練習時間さえかぶらなければ何曲も参加してOKですが、結構かぶってしまうので自分が興味のあるものだけに絞らないといけません。

私はジャズにしようかどうしようか迷っていましたが、実際に「じゃあ今から分かれてください!」という段階になってみたら、スウェーデン民族音楽を選んでいました。

選んだというか、たまたまその時に全員で集まっていた場所がそのままスウェーデン民族音楽の練習場所になっていたから、迷っている間にスウェーデン民族音楽のグループに自動的に入ってしまっただけかもしれないし、ジャズの教室の方にサックスのおじさん達がドバーって流れて行くのを見て「ちょっとあっちはやめておこうかな」と思ったというのもあるかもしれません。つまり、必ずしも積極的に選んだわけではないかもしれないなと思うのです笑。ただとにかく、結果として私はスウェーデン民族音楽を選びました。

そこで前日に習った曲2曲を練習したのですが、この時にEmiliaの熱量というか、音楽にかけるエネルギーを見た気がしました。それがすごく良かったんです。ああ、この人は音楽が本当に好きなんだな~と思いました。同時に、自分は色々出せてないなと思いました。恥ずかしいとか、上手くできないからとか、制限をかけまくっている自分にも気が付きました。

そして翌日、無事に私達は本番を迎えました。その本番がすごく気持ち良くて、私はスウェーデン民族音楽を選んで良かったなーと思いましたし、でもできていない部分もあって「あーもっといきたかったなあ、もっといけるなあ」と思った部分もありました。


本番の後には夜中までセッションが行われました。皆お酒を飲んだり、ホットドッグを食べたりしながら参加していました。

私はセッションに参加したいけどちょっと勇気が出なくて、端の方で吹いていました。

途中で、管楽器の先生に「真ん中行きなよ!ソロとっちゃいなよ」と背中を押され、ソロをとりに行きました。演劇のコースにいた時も余興で一人で人前で演奏することはありましたが、人と一緒にセッションで演奏するというのはまた違う感覚でした。楽しい。興奮する。もらう拍手も合いの手も、全てが嬉しい。全部を出し切れない自分も含めて、この場が楽しい。

私は、やっぱりずっと音楽がしたかったんだと思いました。今まで封じ込めていたものがどっと出た感じでした(でもやっぱりこの時も、「もっといけたなあ」とも思った)。


セッションが行われる中、私はドラムのミュージシャンとEmiliaと、一緒に話をしました。私のスウェーデン語が至らず覚えていない部分も多いのですが、そこで私は「例えばジャズをやった時に、『君の音楽はジャズじゃない』と言われてしまうように、『あなたの音楽は○○じゃない』と言われることに傷ついてしまう」という話をしました。

Emiliaは、「そういう風に言う人は音楽のことなんか何もわかってない。『あなたはその音楽の何を知ってるんですか?』って言いたい。そんなことを言う人のことなんか、気にしなくて良い」と言ってくれました。

私は自分がずっと喉につっかえていたことを人に打ち明けることができて、その時とてもほっとしました。Emiliaが言ったことは、普通に考えれば当たり前のことかもしれません。でも何かに引っ掛かっている時は、そんな当たり前のことでも他の人に言われるとほっとするんだなというのを実感しました。何よりも「自分がそれを打ち明けることができる」というのは、大きな一歩だと思いました。

(まあそういう、人のことを平気で傷つける人の言うことなんて本気で無視です。だいたいそういうこと言う人って「自分は下手だ」っていうコンプレックスを持っていて、そのコンプレックスを他人に投影してるだけなんですよね。そういう人は心の中で焼き討ち。さようなら。今までお世話になりました。と、今の私は思いますが、弱っている時はそう思えなかったりもします)

色々なことが嬉しくて、ほっとして、その日私は夜中まで自分の部屋で涙が止まらなかったです。

(私はスウェーデンに行くと涙もろくなるのです笑)


最終日が終わり、私はEmiliaのCDを買いました。

今もよく聴きます。


私のスウェーデン民族音楽との出逢いはこのような感じでした。あまりドラマチックでもなく、書いていて自分で「あれ、こんなもん?」と思うほどにあっけないです。覚えているのは断片的な情景ばかり。

ただ言えるのは、Emiliaがカッコ良かった。スウェーデン民族音楽は私が思っていたよりも熱かった。このサマーコースは楽しかった。けど私はやっぱり自分を抑え込んでいた。もっといきたいという気持ちと、これ以上踏み込むべきじゃないという気持ちの両方が私の中にあった。葛藤していた。というところでしょうか。

この葛藤はやっぱり今でもあって、私はもっと自由に自分を解放したいと思っています。自分を抑え込む癖をもっと取り払いたいです。自分を窮屈にしているのは、他の誰でもなく自分自身なんだということを最近実感しています。大学のサークルのこととか、色々なことは全てきっかけに過ぎなくて、自分を責めたり傷つけたりしているのは自分自身なんです。

「楽しい」という気持ちと「もっといけるはず、もっといきたい」という気持ちは、常に私の中にある気がします。それが自分の原動力です。

お読みいただき、本当にありがとうございます!