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Eric Sahlströmについて

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

Eric Sahlström(エリック・サールストルム)という、ウップランド地方のニッケルハルパ奏者がいます。

とても有名な人で、私が留学した学校の名前(Eric Sahlström Institutet)にもなっています。

どれくらい有名かというと、ニッケルハルパをやっている人はもちろん、民族音楽のことをあまりよく知らないスウェーデン人でも、Ericの演奏をテレビやラジオで聴いたことがあるという人が当時たくさんいた、というくらいよく知られていました。

また、とても優しい人で、楽器の音色も非常に軽やかで美しく、多くの人に愛されていたそうです。

今日はEricについて書きます。

(※以下、”Uppländske spelmän under 4 århundraden”という本を参照して書いています)

Eric Sahlström

EricSahlström(1912-1986、エリック・サールストルム)。

ウップランド地方のMasbo(マースボー)出身。TrollrikeやGöksbyに住む。ニッケルハルパ奏者でありニッケルハルパ製作家。EricはErik表記もあり。

Tegelsmora教会のEricの銅像

兄弟は兄Karl Sahlström(カール、フィドル奏者)と弟Sture Sahlström(ストゥーレ、ニッケルハルパ奏者)。

当時は演奏や楽器製作では食べていけないので、農業や、工場勤めで一家を養っていました。工場はスキー板や機器の製作工場、ラジオやテレビの修理などの工場で働いていました。

アコーディオン→フィドル→ニッケルハルパ

父Anders Sahlström(アンダーシュ、フィドルとニッケルハルパの奏者)と祖父Lars Sahlström(ラーシュ、ニッケルハルパ奏者)の影響もあり、Ericは小さい頃から音楽、とりわけ民族音楽に興味を覚えていました。

なかでも、Jularbo-Calle(ユーラボー・カッレ)という奏者に憧れていて、最初に興味を覚えた楽器はアコーディオン(dragspel)だったそうです。

Jularbo-Calle(1893-1966、ユーラボー・カッレ)

ダーラナ東南部のJularbo(ユーラボー)出身のアコーディオン奏者であり作曲家。父の行商に付き添い、5歳の頃から演奏活動を開始。特徴的な演奏により、後世のアコーディオン奏者に多大な影響を与えた。代表曲はLivet i Finskogarnaなど。(Wikipediaより)

(アコーディオンのことを全然わからない私でも、スウェーデン滞在中に何度か名前を聞いたことがある人なので、おそらく一般的に非常によく知られた奏者だったのだと思います)

Ericは6~7歳頃にアコーディオンで曲を弾き始め、アコーディオンが弾けるようになってきた頃に、フィドルにもまた興味を持ちました。ウップランド地方のフィドル奏者Hjort Anders(1865-1952、ヨート・アンダーシュ)の演奏を聴き、「とても美しい」と思ったそうです。ただし、それだけ音楽に夢中でも、学校の音楽の宿題はよく忘れていたそうです。

そして、フィドルを弾き始めて割とすぐに、今度はニッケルハルパを弾き始めました。

「ニッケルハルパは(他の楽器と比べて)あまりたくさん弾いている人がいなかったので、少し珍しくて、良いなと思った」そうです。

以降、ニッケルハルパは彼の一番お気に入りの楽器となります。

独学で練習

ニッケルハルパの弾き方を教えてくれる人は誰もいなかったので、独学で練習したそうです。

最初は簡単なことから弾き初めて、徐々に色々な曲を弾いていきました。

17歳の頃、Byss-CalleGås-Andersなど、16分音符ポルスカ(16-delspolska)の曲などに挑戦していました。

※16分音符ポルスカについては「Byss-Calleについて」の記事をご覧ください。

Trollrikeに引っ越し。作曲、楽器製作。

1930年代に入り、一家でTrollrike(トロルリーケ、引き続きウップランド地方)に引っ越しました。

その環境にインスピレーションを受け、後にEricの代表曲の一つとなる「Trollrikepolskan(トロルリーケポルスカン、Trollrikeのポルスカ)」やワルツ「Spelmansglädje(シュペールマンス・グレーディエ、奏者の歓び)(当初はGlädjebacken=歓びの坂と名付けた)などを作曲しました。

また、Trollrikeでは楽器の製作も始めました。

当時Ericは祖父Larsのニッケルハルパを弾いていましたが、音があまり良くないなと感じていました。

ある日森を歩いていたら、乾燥しているセイヨウトウヒの樹(ドイツトウヒ。スウェーデン語でgran。楽器の材質名としては一般的にスプルースと呼ばれている)を見かけます。試しにその樹に斧を振り下ろしてみたところ、とても美しく響き、早速家に持ち帰ったとのことです。

祖父の楽器をもとに、「もっとこうしてみたらどうだろうか」と色々なことを発想し、楽器を製作して試したそうです。

(楽器の製作や、これ以降の時代に関してもEricのエピソードは続きますが、それはまた別に機会に書きたいと思います)

August Bohlinとともに、キーが3列のクロマチックタイプのニッケルハルパを作る

August Bohlin(フィドルとニッケルハルパ奏者)の記事でも少し書きましたが、私などが弾いているタイプのニッケルハルパ(現在最もよく弾かれているタイプのニッケルハルパ)は、1930年代頃にAugust Bohlin(1877-1949、アウグスト・ボリーン)のアイディアのもと、August BohlinとEric Sahlströmによって作られたと言われています。

August Bohlinは、1920年代頃、何人かのフィドル奏者とともにニッケルハルパを弾いていて、フィドルのように色々な音階の曲をニッケルハルパが弾けないことにもどかしさを感じていました。(当時のニッケルハルパでは弾ける音階が限られていました)

そこで、August Bohlinは現在のクロマチックタイプの原型(キーがたくさんついている、など)を考案しました。

また当時それとは別に、Mats Wesslén(マッツ・ヴェスレーン、Byss-Calleの記事参照)というオルガン・ニッケルハルパ奏者もまた、別のクロマチックタイプのニッケルハルパを作りましたが、そちらは作るのも演奏するのも複雑すぎたせいか、たくさん作られることもなく、広まらなかったそうです。

が、EricはこのBohlinのアイディアをBohlinとともに実現し、全ての音階で弾くことのできるニッケルハルパを作りました。そして、精力的に何台もニッケルハルパを作りました。

また、Ericはニッケルハルパの製作方法を人々に教え、製作コースの先生も務めるなど、演奏家としてだけでなく製作家としてもニッケルハルパの存続に大きく貢献しました。

Ericの演奏・曲

Ericはウップランド地方に伝わる伝統曲をよく演奏していたと同時に、自身の曲もたくさん作りました。

ウップランドの伝統曲、主に8分音符ポルスカ(8-delspolska)などを演奏しながらも、Eric自身は16分音符ポルスカ(16-despolska)や、難しくて速いタイプの曲もとても好んでいたようです。

Ericの演奏はとても軽やかで音色が美しい印象です。ぜひ聴いてみてください。

Ericについては資料がたくさん残っていて、またたくさんの人が彼について好んで語っています。

私もまだ知らないことだらけで、「間違ったことを書かないように…」と祈りながらの作業ですが、勉強しながら、また別の機会にさらに書いていければと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。


参照:”Uppländske spelmän under 4 århundraden” Lars Erik Larsson

Wikipedia、Jularbo-Calleのページhttps://sv.wikipedia.org/wiki/Calle_Jularbo