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Gås-Andersについて

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

ニッケルハルパ奏者ではありませんが、スウェーデンのウップランド地方で有名なフィドル奏者の一人に、Gås-Anders(ゴース・アンダーシュ)という人がいます

この人についてご紹介します。

Björklingeの銅像の人

Gås-Anders(1815-1896)、本名はAnders Ljungqvist(qはkでの表記もあり)。フィドル奏者。

ウップランド地方の中でも、Björklinge(ビヨルクリンゲ)という所の人として有名です。

実際に、Björklingeの教会(の屋外)には彼の銅像があります。この銅像は1944年にBror Hjorth(ブロール・ヨット)という、ウップランドで有名な芸術家(民族音楽の愛好家でもあった)によって作られました。

この教会と銅像は、ちょうどその横(斜め横)を通る車道からよく見える位置にあります。

(留学中に撮った写真です)

この銅像なのですが、

「演奏家(プロ・アマ問わず)は、Gås-Andersの銅像の前を通る時には、必ず挨拶をする(軽く手を振る)」

という習慣があるのだと、留学中に教わりました。

調べてみると、もともとは演奏家が実際に挨拶をしたその日に演奏がうまくいったことから、この習慣が始まっているそうです。挨拶をすると良いことがある(演奏がうまくいく)、ということのようです。

私も何度か挨拶をしました。

特になんということもないのですが、挨拶をするのは楽しいなと思いました。

ガチョウの世話をしていた

Gås-Andersというのはあだ名のようなものですが、「gås(ゴース)」というのはガチョウ(もしくは雁)のことです。複数形だとgässです。

Andersが若い頃、使用人として勤めていたお屋敷で、ガチョウの世話の仕事をしていたことから「Gås-Anders」と呼ばれるようになったそうです。

スウェーデンではこのように、職業名や出身地域名から通り名がつけられることが非常によくありました。

(その後、このあだ名は次第に使われなくなったようなのですが、後に民族音楽がブームになった頃、他の奏者との区別の意味も込めて再び使われるようになったそうです。Wikipediaより)

30歳以降にBjörklingeへ

さきほど、Björklingeの人として有名、と書きましたが、出身地は約20kmほど離れたJumkilという所だそうです。

そこからBärbyという所へ引っ越す(さきほどの、勤め先のお屋敷に住み込んだため)などした後、1845年にCathrina Helena Molinと結婚し、Björklingeへと引っ越してきました。

そこに彼女の父親が所有していた小屋があり、移り住んだためです。

以降はずっとその小屋に住み、4人の子どもを授かったそうです。

生没年で見ると81歳まで生きていたようですが、30歳頃以降はずっとBjörklingeで暮らしていたので、Björklingeの奏者として知られているのだと思います。

才能に溢れるフィドル奏者

Gås-Andersに関しては様々な逸話が残っています。例えば、

・彼が演奏すると踊らずにはいられない、足が勝手にリズムをとり始める

・置かれていたフィドルすらも勝手に自動演奏し始める(これは人から聞いた話なので根拠はありませんが)

・Näcken(ネッケン)という精霊にフィドルを習った

等々、色々な言い伝えが残っています。

私が知っているものよりも、はるかにたくさんの伝説を残しています。

とにかく卓越した技術を持っていて、才能に溢れたフィドル奏者だった、ということがよくわかります。

また、彼が伝承した曲もまたたくさん存在しており、今もなお多くの奏者に曲が弾き伝えられています

(ちなみに私のイメージでは、Gås-Andersは「ワルツの天才」というイメージが強いです)

Maskin(マフィーン)というトリオがGås-Andersの曲を演奏しているので、ぜひ動画もご覧ください。

お読みいただきありがとうございました。

情報はWikipedia(https://sv.wikipedia.org/wiki/Anders_Ljungqvist)より参照しました。