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スウェーデンの田舎(Så byggdes Sverigeを見て④)

/ ニッケルハルパ奏者

新年が始まってもう3日ですね。

1日は空が曇っていて初日の出が見られなかったので、今日やっと日の出を見ることができました。東京は今朝は寒いです。

さて、スウェーデンのTV番組「Så byggdes Sverige」(ここ100年間のスウェーデンの町や家の歴史を振り返る特番。全8回)を見て知ったことなどをメモ的に書いていきます。今回は「田舎について」です!

これまでの記事↓

スウェーデンの一軒家(Så byggdes Sverigeを見て①)

スウェーデンの都市部の発展(Så byggdes Sverigeを見て②)

スウェーデンの工業地域/産業都市について(Så byggdes Sverigeを見て③)

(※私は歴史の専門家ではないので、間違ったことを書いていることがありましたらすみません。スウェーデン語の勉強と、伝統音楽の文脈の理解に役立てばと思い、見た番組から学んだことをメモしていっています!)

4.Landet(田舎)

スウェーデンといえば、やはり田舎のイメージですよね。

豊かな自然の中に佇むファールンレッドの一軒家。牛や鶏がいて、畑があって…みたいな。

(※ファールンレッド…ダーラナ地方のファールンの鉱山(銅山)で採れた鉱物(の残り)から作られた赤い染料。防腐剤などの役割も果たすため、家の外壁の塗装などによく使われてきました。スウェーデンの赤い家と言えば、この色のことを指すことが多いです)

「Land」(ランド)という言葉は、国や地域など色々な意味がありますが、今回は「田舎」ですね。

「田舎」って、人によってはバカにする意味合いで使う場合もあるので、他に何か良い表現があるかな?と思って考えてみたのですが、思いつきませんでした(やっぱり田舎が一番良い表現だと思いました)。なので、田舎で書いていきます。

そんな、スウェーデンの田舎の100年前の暮らしぶりはどうだったのか?

Torp(トルプ)の生活ーTorpare(トルパレ)

スウェーデンの少し昔の人の職業(と言って良いのでしょうか?職と言うか、生活スタイルそのもの)と言えば、「Torpare」(トルパレ)です。

Torpare(トルパレ)というのは、「Torp」(トルプ)と呼ばれる小規模の農場(家も含む)で生活し、畑や畜産などを営んでいた人々(とその職種)のことです。

日本語で言うと、「自足自給の農家」といったところでしょうか。

(※「Torp」は、現在ではそういった人たちが「母屋」として住んでいた「小さな小屋」だけを指すことも多いです。私もTorp=小屋というイメージがあります)

伝統音楽の昔の演奏家について調べていても、演奏家の職業(生計を立てる手段)として、「トルパレだった」といった記述がよく出てきます。

私は、今まではこの「トルパレ」というものがいまいちどういうものよくわかっていなかったのですが、番組を見て、「ああ、自給自足の農家ということなのかな」と、あらためて理解しました。

夫は森へ、妻は子どもと一緒にトルプで生活(農場をきりもりする)

番組では、主に「イェムトランド地方」などの「スウェーデン北部」のトルパレの生活を紹介していました。

まず、夫はのこぎりを持ち、森へ木を伐りに行きます。家には長期間帰れないことも多く、森に住みながら働いていました。

その間、妻はトルプに残り、子どもや牛や、その他の動物の面倒、畑、家の仕事を朝から晩までこなしていました。

トルプでの生活も、森での生活も、どちらも大変なものだったそうですが、一方で、そういった生活において彼らが身につけた知識・工夫(現在では語られていないものも含む)というものがたくさんありました。

スウェーデン北部の森というのも相当寒かったみたいですが、森は「貧しい者のコート」とも呼ばれていて、使い方次第では自分たちを守ってくれるものでした。乾燥した(折れた・枯れた)樹々がたくさんあったので、たき火に使う材料にも困らなかったそうです。また、そういった樹々を使って家を建てることもできました。

木材を川で流して運ぶ

男性たちは、冬の間は木を伐り続け、春になり、川の氷が溶けたら、伐った木をどんどん川を使って下流に流して運搬していました(timmerflottningen=木材流送)。

(なので、彼らは木を伐る技術だけでなく、川下りのプロでもありました)

川下りもまた命がけの作業だったそうです。

これはだいぶ後の映像ですが、1970年の映像です↓この頃には、輸送方法はトラックによる陸路へとだいぶ移り変わっていたそうです。

Wikipedia「木材流送」(日本語)

Statare(スタータレ)、田舎暮らしの厳しさ

また、「Statare(スタータレ)」という人たちもいて、彼らは家族ごと農家に雇われていた人たち(農場労働者)だったそうですが、自由の無い生活だったそうです。ほとんど奴隷のような形で雇われていた、とも言われていました。

さらに、「田舎暮らしの現実を報告してまとめた本」が出版されるなど、その生活の厳しさ(家の床が無いとか、都市部に比べて生活水準自体がなかなか上がらないこと)も問題になっていたそうです。

さきほど書いた「トルパレの生活」は、スウェーデン北部のイェムトランド地方の例が挙げられていましたが、実は「南部の方が状態はひどかった」と番組では紹介されていました。

ここはそんなに詳しくは説明されていなかったのですが、おそらく、スウェーデン北部は森林が豊かだったため、気候としては厳しくとも仕事にはそこまで困らない(むしろスウェーデン中部の人が出稼ぎに行くくらい)だったのに対し、南部の方では仕事になるような資源が少なかったのではないか?と私は思っています(南部といえどもそこまで暖かいわけでもなく、作物が豊かに育つ土壌でも無かったと思うので)。

★北部に出稼ぎに行った演奏家の例→Lomjansguten(ロムヤンスギューテン)について【ヴェルムランド地方のフィドル奏者】

戦後、大きな変化が起きる

他の回でもそうでしたが、これに大きな変化が起きたのがやはり第二次世界大戦後(1940年代後半~)でした。

スウェーデン社会の近代化が一気に進み、スウェーデンは選択を迫られます。

1つは、このまま自給自足型の社会を続けること。

もう1つは、社会の産業化をおしすすめ、ヨーロッパの中でもトップクラスの国々の一員になること。

選ばれたのはもちろん後者で、農業における機械化、産業化がすすめられました。

さきほどのStatare(スタータレ)のような労働者たちはいなくなり、より少ない人手で、機械を使ってより効率よく働くようになりました。

また、田舎の人々が住んでいた家のクオリティや生活水準も少しずつ向上していきました。

Krångede(クロングエーデ)の大規模な水力発電

そして、少し時をさかのぼりますが、同じくスウェーデン北部イェムトランド地方のKrångede(クロングエーデ)という所に大規模な水力発電所ができました。

1936年頃のことです。

発電所周辺に住んでいた人たちは、「トルパレ」から、発電所で働く「労働者」へ。

村には人が溢れるようになり、生活用品や美容院などのお店もできました。大きな変化です。

さらに、この発電所がスウェーデン北部~中部にかけての電力を広く支えることとなり、電気代も安くなったため、周辺地域の人々の暮らしや、地方の村・町の様子も大きく変えることとなりました。

こうして、最初は地方や田舎の町・人々にとって良い変化をもたらした(と思えた)水力発電事業ですが、その後、スウェーデンの国全体で水力発電が盛んになります。

すると、今度は企業などが再び都市部へ集中するようになってしまいました。

(どこにいても電気が使えるなら、都市部の方が市場にアクセスしやすい分、効率的だからです)

そこで、田舎での生活は再び元の通りに…

と思いきや、ここでまた変化が起きます。

車の登場ー都市部の人々が田舎に憧れを抱くようになる。別荘を持つ時代へ

1950~1960年代にかけて、車が登場。スウェーデンでは4人に1人が車を持つ時代になりました。

道路が整備され、駐車場やモーテル、ガソリンスタンドなどが建設されました。

そしていつしか、田舎は都市部の人々の「余暇の場所」「楽しむ場所」へと変わっていきました。

都市化・近代化の流れが進むのと対応するように、田舎や自然への憧れが増していったのです。

(そしてそれは今もそうで、スウェーデンの人たちは自然の中で余暇を過ごすのが本当に好きです)

多くの人が、田舎に「別荘」を持つようになり、最初に書いたTorpなども、夏のコテージとして利用されるようになりました。

Semester(セメステル)=余暇、休暇

そして、もう1つ大事なのがスウェーデンの「セメステル」の制度です。

これは「夏休みの休暇」のようなものです。

職種によりますが、多くの人が夏にこの「セメステル」の休暇をまとめてとります。

(このセメステルですが、日本の「有給」と同じような感じなのかな?と思っています。違うのは、スウェーデンの場合はこの休暇を「皆が、夏頃に一カ月くらいまとめてとる」という感じですかね。また、この期間がちょうど学生の夏休みとかぶるので、その間は、大学生がバイトで働いたりして人手不足を埋めたりもします。働きたい学生と、社会人の休暇とでWin-Winなのかな?と思っています)

セメステルの歴史ですが、1938年に、まず「2週間」の休暇の権利というものが労働者に与えられたそうです。

それが、1950年代には「3週間」へ。

そして、1963年には「4週間」(現在と同じ?)になったそうです。

この休暇の間に、キャンプに行ったり、自転車に乗って遠出をしたり、旅行をしたり、史跡を見に行ったり、さきほどの別荘に行って家族で時間を過ごしたりします。

そんな風に、親世代にとっては時には「闘うべき相手」だった自然が、子ども世代にとっては「楽しむ対象」になっていきました。

(※ただし、それも都市部の労働者にとっての話です。もともと農家には休暇というものはありませんでした)

その後ー小さな農家→より大規模な農場へ。現在の自給自足の方法

その後の話ですが、1970年代には、若者たちによる「近代化への反対運動を発端とした、田舎暮らしのブーム」が起きたそうですが、それも一時の話で、経済成長の波にはついていけませんでした。

(周りの村々が復興していない状態で、自分たちだけで暮らしていこうと思っても、やっていくのは難しかったそうです)

小さな農場はいつしか大規模な農場へと吸収され、今は農場はより「大規模」に、より「機械化」した状態で生き残っています。

(番組では、牛の自動搾乳機などが紹介されていました。すごかったです)

自国の農業は、やはり大事です。

番組では、最後に現在の私たちの生活スタイルに合うような自給自足の方法(たとえばフルーツを育てるとか)や、もしかしたら将来私たちが食べることになるかもしれない(?)ミールワーム(食用の虫)などについて触れて終わっていました。


こんな感じで、「田舎について」の回をまとめてみました。

最後が上手くまとめられませんでしたが、今回も興味深かったです!

続きはまた明日以降、書ける範囲で書いていきたいと思います。