スウェーデンの建築物から町や家の歴史を紐解く番組「Så byggdes Sverige」(全8回)を見て知ったことや学んだことをメモしています。
今回はスウェーデンの町の中心部(主に商業エリア)についてです!
★過去の記事はこちら↓
スウェーデンの一軒家(Så byggdes Sverigeを見て①)
スウェーデンの都市部の発展(Så byggdes Sverigeを見て②)
スウェーデンの工業地域/産業都市について(Så byggdes Sverigeを見て③)
スウェーデンの田舎(Så byggdes Sverigeを見て④)
スウェーデン都市部の住宅の歴史(Så byggdes Sverigeを見て⑤)
スウェーデンの郊外(Så byggdes Sverigeを見て⑥)
◎番組のサントラ↓聴きながら読んでいただくと番組の雰囲気がわかるかと思います。
7.Centrum(セントルム=中心部)
Centrum(セントルム)をなんと訳すのか?がまた微妙なところですが、とりあえず「町の中心部」といったところでしょうか。
具体的には、「お店が並ぶ商業的なエリア」を指すことが多いと思いますが、番組ではそれ以外の意味でも使われています。
では、見ていきましょう。
昔の町の中心ー広場(Torg)。人が出会う場所
昔の町の中心部といえば、「広場(Torg、トリィ)」でした。
(※今のスウェーデンの町にも、「○○torg」とか、「Stortorget(大きい広場)」みたいなところが残っていたりしますね。たいてい、駅から少し(3~4分)歩いたエリアで、四方をお店に囲まれた広場になっています)
こういった広場は、「市場が開かれ、買い物をするための場所」であっただけではなく、「人々が出会う場所」でもありました。
1930年、「EPA」の登場ー低価格での買い物が可能に
1930年、Örebro(オーレブロー、町)に「EPA(エーパ)」というお店(varuhus)ができます。
EPA(エーパ)。現代のスウェーデン人には全くピンとこない名前だそうですが、スウェーデンで最初の「低価格路線」のチェーン店(※低価格のデパートみたいな感じ)で、当時は非常に盛況だったそうです。
オーレブローに完成した後も、次々と色々な町に建設されていきました。
このEPAができたことで、スウェーデンのCentrumの歴史は大きく変わります。
安いものを、たくさん、手軽に買える。
このことが、スウェーデン人に「買い物」という新しい「楽しみ」を提供することになりました。
特に、それまで買い物を楽しむ余裕のなかった労働者階級の人々が気軽に物が買えるようになったそうです。
(一方で、EPAが建設されていない町では、変わらずに「広場」が町の中心地でした)
交通の要所としてのCentrum
町の中心部と言えば、マーケットの中心であるだけでなく、「交通の要所」としての機能も重要でした。
ストックホルムの「スルッセン(Slussen)」がまさにその筆頭としてあげられます。
スルッセンは、当時、「路面電車・自転車・徒歩・ボート(水上交通)」などなど、あらゆる交通手段の中心地であったうえに、さらに「車のための道路」も建設しなければいけませんでした。
そこで建設されたのが、2階建ての、カーブした交差点です。これによって、徒歩や自転車の通行をさまたげることのないスムーズな道路を実現したそうです。
(※ちなみに、当時のスルッセンがこんな感じ↓再生箇所は道路の建設中で、少し後にいくと道路が完成しています)
KF(生協)の台頭ーKFの自社工場、その他さまざまな建築
そしてそのスルッセンのそばに建てられたのが、Kooperativa Förbundet(=KF、生活協同組合(連盟))の本部ビル(メインオフィス)でした。
スルッセンには、ランドマーク的な「エレベーター」(=Katarinahissen、カタリーナヒッセン)があるのですが、このエレベーターも含めて、「KF」のビルが新時代を象徴していたそうです。
(※エレベーターはこの動画の左の部分です↓また、エレベーターから建物までの間が通路になっていますが、その通路の下、ガラス張りの部分が、ちょっと高級なレストランの一部になっていたと思います)
(※このエレベーターやレストランも全てKFの建築だそうです)
当時のKFはとにかく勢いに乗っていたみたいで、「KFは安くて良い食べ物を提供する」というイメージが人々の間に広く浸透。自社工場も作りました。
また、KFの「建築事業部(子会社?)」でKFAIというのがあったそうなのですが、これはスウェーデンの建築会社の中でも最大規模だったそうです。
建物や店舗の建設にとどまらず、家具・オフィスなど、様々なものがKFの主導で作られました。
KFの建築事業部には、「若くて革新的な建築家」がたくさんいた(そういう建築家と協働していた)らしく、ラディカルでモダンな建物がたくさん作られたそうです。
ストックホルムにルーマ(Luma)という会社の工場(電球工場)があったのですが、この電球工場もKFAIによるもので、1930年代の建物とは思えないくらいモダンな工場だったそうです。「最上階を全面ガラス張り」にし、そこを「完成品の電球の検査部屋」としたことで、夜でもガラス張りの部屋にこうこうと灯りがつき、良い宣伝になったのだとか。
(※この工場は現在は工場としての役目は終え、レストランやオフィスとして使われているみたいです↓こちらの動画では現代的な映像が映し出されていますが、当時はこのガラス張りの部屋に、電球がこうこうとついていました)
その後もKFはどんどん大きくなりました。
1947年、KFが初めてのスーパーをストックホルムに作る
そんなKFが作ったのが、スウェーデン初のスーパーマーケット「Snabbköp」(スナッブシュープ)でした。1947年のことです。
以降、他の町でもスーパーが次々と建てられるようになります。
当時は消費も人口も増加の一途をたどっていた時代であり、次第に町の機能の中心が「ショッピングの場所」へと移行していきます。
1950~1960年代ー初のショッピングセンターができる・スウェーデンが経済的に豊かだった時代
1955年にはルーレオ(Luleå)にて、スウェーデン初のショッピングセンター「Shopping」が建てられました。
映画館も併設された商業施設です。
このショッピングセンターはアメリカに先駆けて建設されたそうです(アメリカに初めてのショッピングセンターができたのは翌年の1956年のことだったそうです)。
こうしたショッピングセンターは若者の集まる場所にもなり、ただ買い物をするだけでなく、「流行」や「文化」が生み出される場としても機能していました。
1950~1960年代はスウェーデンが経済的に豊かだったため、こういったショッピングセンターが流行したのだ、とも言われるそうです。
KFがEPAに対抗するように。より大きなデパートの建設が進められる。
そして、KFが冒頭のEPAに対抗して、こちらも低価格路線のデパート的な商業施設「Domus」(ドームス)を建設し始めました。
EPAもDomusも、各地にどんどん建設されるようになります。
さらに、1960年代に入るとこれらのデパートがどんどん巨大化。
EPAとDomusの両方が同じ町に建てられることも少なくなく、どちらも「相手より大きい施設を建てよう」と躍起になったことで、すでに両方とも1店舗を建設している土地にさらにもう1店舗「より大きい店舗」を建てて対抗したりすることもあったそうです。
(※つまり、同じ町にDomusとEPAが2店舗ずつある状態)
商業施設が増えるということは、駐車場も増えるということです。
町を占める「車のためのスペース」も増えていきました。
また、こういった商業施設が建てられるということは、それまでの古い町並みや古い家が取り壊されることでもありました。
多くの町で、こういった再開発が起きていて、短期間の間に町は大きく変化していきました。
住んでいる人たちの反応はさまざま。大規模商業施設の建設に顔をしかめる人もいれば、一方で「新しいものができる」とワクワク楽しみに思う人もいたそうです。
その後ー様々な変化
オーレブローには、DomusやEPAとはまた異なるタイプの商業施設が建設されました。
Krämaren(クレーマレン)です。こちらは、下は商業施設、真ん中はオフィス、そして上はマンション(住居)となっています。こちらは今も営業中です。
また、Krämarenと同じ建築家が設計したオーレブローの市民会館は、誰でも入れる場所・人々の集う場所であると同時に、劇場を併設するなど「文化」の発信地にもなりました。
1970年代は、他の回でも出ていたようにそれまでの時代の流れに反対するデモがたくさん起きました。町の中心部においても同様。商業主義に対するデモがたくさん行われたそうですが、かといって、そういったデパートを今更取り壊したところで昔の建物が戻ってくることはありません。
その他、車での移動が主流になると、町中ではなく「郊外の大規模なショッピングセンター」が作られるようになりました。人々は週末にまとめて買い物をするようになり、より効率的な買い物を目指すようになります。
そんな効率的な買い物といえば、最たるものが近年のネットショッピングです。車を使った買い物だけでなく、人々はもはやスワイプで買い物をする時代へ。ただ、あまりにネットショッピングに依存してしまうと、町の機能(買い物をする場所以外にも、人が出会う場所としての機能)が失われていってしまうかもしれません。
さて、そんな商業ブームの裏側で、実はかつての町の中心部であった広場は、今は「人々の出会いの場所」として、無料のイベントの開催や、ちょっと立ち寄れるスペースの提供、子どもたちの遊び場といった役割を再び取り戻している所もあります。
車に関しても、駐車場を増やすのではなく、交通規制を取り入れ、あえて歩行者天国を実施している所の方が、町としてはより活気がある、という調査結果もあるようです。
買い物や交通よりも、「より快適に過ごせる町」としての役割を未来のCentrumが担っていくのかもしれません…。
という所で番組が締めくくられていました。
町の中心部の変遷について、でした。
私はスウェーデンの生協の仕組みをよくわかっていなかったのですが、日本の生協とはまた全然歴史が違うのかも?と思いました。
生協がモダンな建物を作っていたとは。全然想像がつかないのですが、へえ~と思っておもしろかったです。
では、次回で最後ですね。長かったですが(笑)スウェーデンの近代の町の雰囲気を少し知ることができて良かったかな、と思います。次回が終わったらまた伝統音楽の話題に戻ります!
