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「全体」の中での「部分」を捉える。

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

以前「細かい部分を冷静に弾くのと音楽全体のうねりや流れを感じることを共存させたい」ということを書いたのですが、そのことに関連して、知り合いの話を聞いて感じたことを書こうと思います。

細かい部分に注目している時というのは、その細かい部分にフォーカスを当てていることが多いです。音が細かくて弾けない部分をゆっくり弾いて一音一音を確かめる時など、小さいミリ単位のものを拡大鏡で10cmくらいに拡大して見ている感じです。

一音一音を確認してできるようになってきたら、それを今度は実際のテンポでできるように少しずつ速くしていきてますが、その際にテンポを速めるだけではなく、「曲全体の長さ(長さだけではないですが)に対するその部分の細かさ」みたいなものを再度捉えなおすと良いのかなというのが、今日のブログで書きたいことです。

例えばさきほどの「ミリ単位」の話で言えば、そのミリ単位のものを10cmくらいになるように拡大して一つ一つを確認した後、再び曲全体(2mとか3mとか)を見て、その2mや3mの中での「ミリ単位の部分の細かさ」を再確認する、という感じです。

つまり、一度拡大して見た後に、それをまた元のサイズに縮小したものを確認して、全体の中でのサイズ感を確認します。

すると、その部分の「細かさ」がよくわかります。

そこで「あ、こんなに細かいんだな」と曲全体の中でのサイズ感がわかると、細かい部分を非常に細かく、でも全体の流れを見失わずに弾くことができるように感じます

これは曲だけではなく、自分の身体も、音程や楽器や空間に対する認識もそうだと思います。

自分の身体のサイズ感と今楽器を弾く際に動かしている部分のサイズ感。

それから、楽器全体のサイズ感と指や弓を当てている部分のピンポイントさ、

楽器や曲音域の幅の中で今の音から次に移行する音へのピッチの幅。

空間全体の中で今自分が立っている場所。

自分が出せる音量や音色の幅の中で、今実際に自分が出したい音はどの辺なのか。

「全体を捉えると細かい部分がおろそかになってしまう」のではなく、「全体を捉えるからこそ、部分部分の細かさやピンポイントさを的確に計ることができる」のだと思います。

(ちなみにこの「全体の中での自分の位置を知る」というのは「マッピング」という言葉で表されると思います。大学生の時、国文学科の教授に「大学生(国文学科の大学生)が大学でするべきことは、自分の感性をマッピングすることだ」と言われて「なるほど」と思ったのを今思い出しました)

今日書いたことは人から聞いた話を実践してみて、私自身が感じたことです。この方法を引き続き試していきたいと思います。


話は変わりますが、私は最近知り合いの方とのやりとりの中で、「自分には他人の努力はほとんど見えていないのだ」ということに気が付きました。

私だけではなく、誰もがそうなのかもしれませんが。

もちろん見えていなくて当然だし、努力の方向性も質も人それぞれなのでそこを全て自分の想像力で補おうとするのは無理なのですが(自分の想像力だけで相手を思いやるのには限界がありますが)、「頑張っているのは自分だけではないし、他の人のことを自分は結局ほとんど見ていないんだな」ということだけ覚えていようと思います。見えていないことがとても多いのだ、ということだけ。

そのうえで自分のことに集中していきたいと思います。

今日の動画はKjell-Erik Erikssonの演奏する「Ol Perssa polska efter Ante Falk」です!このさりげない演奏で見事に音の躍動感や曲のうねりを生み出しているのが本当にすごいです。同じ曲を繰り返しているのに部分部分で変わっていて、曲に慣れてしまえば聴いていて全く飽きません。

私の動画は271曲目「Polska efter Ante Falk」です!

今日もお読みいただき、ありがとうございました!