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「頑張らない」という選択。

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

弾く時に、「あまり頑張りたくないなー」と最近思います。

ここで私が書いている「頑張る」とは、楽しめる範囲を超えて無理すること、苦痛に思うような練習をすること、何かを犠牲にすることなど。「弾く」という行為とネガティブな感情を、紐づけしたくないという意味です。

弾くこととネガティブな感情が紐づけされていると、その感情を感じるための行動を無意識にとってしまうそうです。例えば「楽器を弾くためには苦しい練習に耐えなければいけない」と思っている人は、あえて苦しい練習を選択します。しかもそれで上手くなるかというと必ずしもそうでもなく、その苦しい練習自体が目的になってしまうことも多いようです。

また、苦しい思いをして何かを成し遂げることは長期的には続かないことも多く、精神的な負担や体力的な負担も大きいです。

私が「頑張りたくない」と書いているのにはもう一つ理由があります。

弾く時には自分の「創造性」が必要だと思うのですが、苦しい思いをして頑張っている時は私の創造性は抑圧されてしまうことが多いからです。

私は自分にむちをうつのが非常に得意で、今までそうやって頑張ってきたので、そういう時の自分の状態をよく知っています。火事場の馬鹿力は出ますが、とにかく融通が利きません。自由さはないし、ちょっとした変更が許せません。

一切の「遊び」が無い状態になってしまいます。

何かを生み出すには遊びが必要で、その「真面目な遊び心」が創造性に繋がっていきます。

頑張ってしまわずに、余裕を持つ。臨機応変に流れに身を任せる。そこで生まれるものを受け止める。

何かが欲しいと思った時に、「今の自分では色々と足りないから、まずはこれとこれができるようになってから(=苦しい練習に耐え抜いてから、何かを身に着けてから)」と思うのではなく、欲しいものに直接手を伸ばしてみてはどうか、と思います。

「頑張る」のでもなく、他人から見て「楽しそうに」弾こうとするのでもなく。自分自身が本当に心地よいと思える楽器と音楽との付き合い方が、それぞれの人にあると思っています。

169曲目は「Vevlire-ettan」です!

今日もお読みいただき、ありがとうございました!

 



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