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ショックなことがあっても前に進むことと、自分と相手との距離感について

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

ちょっとした連絡の行き違いで、ショックなことがありました。結果的にはたいしたことではないと思うのですが(少なくとも、私が失敗をしでかしたわけではない)、私の感情としてはとてもショックでした。具体的には書けないのですが。

でもしょうがない。これも学びだと思って成長に変えていきます。前に進め。

それとは別に、今日は「演奏中の人の身体を見る」訓練をしました。身体のどの辺が制限されているか、どこをどう変えたらもっと演奏が良くなるか、とかそういうことです。楽器は色々です。

これは自分が教える側のレッスンでも有効になるのですが、それよりもまず自分自身の演奏や普段の在り方にとても参考になるんです。

私は人に気をつかうことが多く、そのため相手との心理的距離の感覚がわからなくなってしまう(気をつかって、かえって近づきすぎてしまう)ことがよくありました。

(心理的距離が近い人っていますが、もともとそういうタイプであれば別に良いと思うんです。誰に対してもずかずか踏み込んでいくタイプなら。ただ私の場合は、本当はあまり近すぎるのはすごく嫌なのに、「離れていたら悪いかな」と思って気をつかって近づいていって、近づきすぎてしまう)

今までは似たタイプの人が周りにも多かったので、自分も相手も近づきすぎて共倒れしそうになる(気をつかいすぎて疲れる。具体的には異様に長いメールやライン、気遣いと優しさの応酬、断れない誘い事。→最終的に私が耐えられなくなって、私の方から音信不通になったり急に離れたくなる)ことが多かったです。でも最近そのことを自覚し始めたので、少しずつ距離を保てるようになってきました。そして、距離を保っても相手が私に背を向けることはあまり無いのだとも知りました。

自分と相手との心地いい一線を、ちゃんと守る。

それができるようになるためには「きちんとNoを伝えられる」ということが大切で、そのためには「Noと言っても良いんだ」と自分に許可を出したり、ありのままの自分を自分が受け入れることが必要なんだとわかりました。…つまり、嫌われたくないから・悪いと思って、Noと言えなかった自分がずっといました。

それで自分を責めるのは本末転倒なので責めません。そのことに気がついただけ進歩だと思いました。

で、他人の演奏を見ている時にも私は相手にしがみつくように見てしまっている自分を今日自覚しました。それは演奏している側にとっても居心地が悪いものだそうです。だからちゃんと自分の足で立って、私、冷たいかな?と自分で思うくらいの冷静さで見た方が、相手も演奏しやすいし自分にとって良い影響を与えるのだと学びました。「自分が緊張していると相手に伝わる」というのと原理は一緒です。

手助けしなくちゃ、役に立たなくちゃ、という気持ちは本当に相手に何かしてあげたいと思える時にとっておいて、「自分が役立たずだと思われることへの怖れ」からくるそういう気持ちは、手放そうと思いました。一部の人に冷たいって思われても、ダメな人だと思われても良いから、自分自身であり続けること。そんな自分を大切にしてくれる人達と一緒にいることを、選び続けること。離れていく人のことはちゃんと手放して、支えてくれる人のことを大切にする。

そして、そんな私が一番に伝えたいのは、なによりもまず音楽です。話すのも書くのも好きですが、やっぱり、音楽なんです。スウェーデン民族音楽をニッケルハルパで演奏したいのです。

そういうことを考えました。

87曲目は「Återbruksvalssen」です。曲名の直訳は「リサイクルワルツ」。Anders Norudde作曲で、曲名の由来は確か「似たようなフレーズを使いまわしているから」と言っていた気がします。Andersらしくすごく変な曲で、一体どこに向かっているんだ?と思わせる曲なのですが、そんなAndersの曲は癖になるし本人の演奏はやっぱりすごく良いんです。私にはそれが再現できませんが、雰囲気だけでも伝えたいなと思います。

今日もお読みいただき、ありがとうございました。