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何かにふれる時、それに「染まらなきゃ」と思うのではなく、それを自分の中に取り込む。

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

自分のペースを保つというのが、とても大事なことだと思います。

私は何か新しいものにふれる時や、楽しいことをする時でさえ、なぜか「それに染まらなければいけない」というプレッシャーを自分に与えがちでした(です)。

それがもとから好きなもので、自分が楽しめるはずだとわかっていても、楽しまなきゃと思った途端に気と身体が重くなるので、「なんでこういう風な気持ちになるんだろう、どうにかしたいな」と思って考えたところ、そういうプレッシャーを自分に与えていたのだということに気が付きました。

イメージで言うと、分母を「何か」にして、分子を「私」にしているような感じです。

そうではなく、分母を「私」にして、分子をその「何か」にするんだ、と思いました。

何かに染まるのではなくて、自分の中にそれを取り込むんだ。

そう思うように意識し始めたところ、新しいものにふれたり、何かにふれることがとても楽になりました。

その何かを気軽に楽しめるようになりました。

疲れることが減りました。


自分が自分に与えるプレッシャーや期待は、ただ人からプレッシャーをかけられるよりも数百倍重いのだと感じます。

人からプレッシャーをかけられている(と感じる)時も、実は本当に自分にプレッシャーをかけているのは自分自身で、もしその時点で、自分が自分にプレッシャーを与えていることに気付いて少しでも手放すことができれば、それだけで人からのプレッシャーも少しどうでもよくなる、と思います。

緊張している時もそうで、自分が自分に「これ、できなきゃだめだ!」と思っていると、それが重い期待になって自分を身動きとれなくするように思います。

緊張している時は、(私の場合は)「周りの人が自分にそれをできるように期待している」と思い込んでいるのですが、一番期待しているのは自分自身です。周りの人をだしにして、自分が自分に期待しているのです。

(周りの人は何も思っていないかもしれないし、周りの人が何を考えているかは結局自分にはほとんどわかりません)


一方で、その「期待をかけてしまう自分」というのも責める必要は無くて、「それができないと社会的に死ぬ」と思い込んでいたりするので、仕方ありません。

死ぬか死なないかだったら、やはり死なないための選択肢を取るのは当たり前だからです。

でも、別にできなくても実は死なないよ、と自分を安心させます。

何かに染まったり、何かの一部になるのではなく、それを自分の中に取り込めば良い。必要な分だけ、好きな分だけ。

自分を縛るルールを、一つずつほどいていけたら良いなと思います。