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自分が困った時は、「困っている」ということを周りの人に伝えるのが大事だと思う。

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

私が普段聴く音楽は、楽しくて明るい音楽から暗い音楽まで、激しい曲からゆっくりした曲まで色々なのですが(もちろんジャンルも色々です)、夜はなんとなく「ほっとする音楽」が聴きたくなります。

眠くなりそうかも、くらいの感じの音楽がすごく落ち着きます。自分に戻るような感じです。

特に、優しい感じの曲とか、爽やかな感じの曲が好きだなと思います(これは夜に限らず、私は全般的にこの傾向があります)。


以前からうすうす感じてはいましたが、私は(自分で言うのもなんですが)人への不信感がかなり強い方だと思います。

本当はそんな不信感は持ちたくないのですが、持ちたくて持っているのではなくて笑、色々自分なりに試行錯誤した結果、仕方なく身に着けてきたものなのだろうなと思います。

最初から距離を縮めてくる人は苦手だし、そこで仮にうっかり誰かに心を開いてしまって、その人にずかずか入ってこられると嫌なので(しかも嫌だと言えないので)なるべく心は開きません。

でもたぶん本当は人のことが好きなのだと思います。

だから、心を開けないことを悩んでいたりもするのです。矛盾していますが。

心を開きたい気持ちはありながらも、面倒ごとに巻き込まれたくない・厄介ごとを押し付けられたくない・依存されたくない・利用されたくない、の思いが強いのだと思います。

親切にはしたいけど利用されるのは嫌、とか。人と仲良くなりたいけど、依存されたりこっちが我慢する付き合いになるくらいなら仲良くならなくて良い、とか。

(私と同じように思っている人は、多いかもしれません)


そんな私ですが、それでも、「話せばわかる」ということもあるのだなあと最近感じています。

前はもっと一人で色々我慢していたので、「自分の考えをわかってもらえない」と思うことが多かったように思います。

自分の考えというか、「自分にとっての当たり前」のことが他人にとっては当たり前でなかった時、それだけで結構傷ついたりして、でもその傷ついていること自体を隠す、というような。

(だから、そんな私の状況や気持ちは他人からは全然わかりません。自分が隠しているので)

でも自分の素直な気持ちや、置かれいている状況を素直に伝えれば、案外人は助けてくれたり、事情をわかってくれるのだと最近感じます。

そこで大事なのは、相手を攻撃することではなくて、「自分が困った状況にいる」ということを相手にわかるように説明することなのだ、と思います。

自分にとっては当たり前のことが、他の人からは全然見えなかったりするわけで。「自分が困ったことになっている」というのが、周りの人には「全然わからない」ということがあります。

自分が困っていないフリをしている時とか、特にわからないです。

その状況を説明すれば人は案外わかってくれたりするのに、つい普段から我慢ばかりしていると、状況説明をすっとばしてしまって、「なんでわかってくれないんだ」という攻撃になったりします。

(攻撃や怒りは本当は心のSOSなのですが、攻撃される方はそんなことを考える暇もなく単純にムカついて終わりだと思うので笑、そうするとお互い攻撃しあうのみです)

そもそもそんな困った状況になった背景には誤解や勘違いがあったりもするので、それは話して説明すればそれだけで状況が改善される場合もあるのです。

そんなことを、人への不信感が強い私なりに考えてみました。


あとは最近ブログでも書いていますが、なるべく正直でいること、です。

我慢して嘘をついて人間関係を続けるよりは、一回リセットするくらいのつもりで正直に接して行った方が、自分にとっても相手にとっても楽で良いのではないかなと思います。

信頼関係にも繋がります。

正直に話してくれる人の意見って、自分と違う意見でも案外素直に聞ける、と感じています。反対に、自分が素直に聞けない人の意見って、正直な意見というよりは、マウントとか自慢話とかそういう余計なものがメインの場合が多いかなと思います。

嘘の全くない人生は不可能ですが、無理のない範囲で正直に。自然体で生きたいです。