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自分の軸がどこにあるのかは自分で決めて良い

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

以前、「私はニッケルハルパでスウェーデン民族音楽だけを弾きたいんだ!他の音楽を弾くのは嫌なんだ!」的な心境を書きましたが、それから数カ月経て自分の気持ちに変化がありました


留学から帰ってきた頃から(2019年の6月)、もしくはそれよりも前からずっと、私は色々な劣等感や敗北感みたいなものを持っていました。言葉にするとこんな感じです↓

「スウェーデン民族音楽は、日本では全然浸透していない…。知ってもらえてないし、知っても、たぶん興味を持ってもらえない。しかも私なんかが頑張ったところで伝えられることなんかない…。私はスウェーデン人でも無いし、下手だし…。頑張っても無理。ぬかに釘。暖簾に腕押し。どうせただ『珍しい楽器』って思われて、良いように使われて終わりなんだ~(泣)」

思いきって書いてみましたが、すごいですね笑「しまっちゃうおじさん」にしまわれてしまうことを妄想して泣く「ぼのぼの」みたいです。

※『ぼのぼの』という漫画の中で主人公の「ぼのぼの」が、自分の想像上のキャラクター「しまっちゃうおじさん」(「悪い子はしまっちゃうよ~」が口癖)にしまわれてしまう(=どこかに閉じ込められてしまう)ことを想像して怖がって泣くんです。そんな感じ。

でも本当に、こういうことを多分ずっと思っていました。自分では無意識のうちに。

だから、スウェーデン民族音楽以外の音楽をニッケルハルパで演奏することに抵抗がありました。ニッケルハルパのことを全く知らない人に、ニッケルハルパのことを「ただの珍しいだけの楽器」だと思われてしまったら…と考えると怖かったし、そういう目立ち方をしたくなかったんです(目立てているかどうかは別として)。もちろんバランスの問題なので少し他のジャンルの曲を弾く分には構わなかったのですが、メインで弾くのは抵抗がありました。あと、自分の演奏にも自信が無かったので、「周りの人が知らない音楽だとしても自分が伝えていくのだー!」という覚悟よりも「私が頑張ってもなあ…無理…」という諦めが大きかったです。

あと罪悪感もありました。ニッケルハルパで他の曲を弾いたらいけないんじゃないか…という。この罪悪感もまた厄介でした。誰に対して・何に対しての罪悪感なのかもよくわからず。なんか苦しいなあという感じでした。


それが最近になって、他のジャンルの曲を弾いても別に良いじゃん!と素直に思えるようになってきました。

実際には私はスウェーデン民族音楽を多く弾いているので、弾く曲自体は去年からあまり変わっていません。ただ、自分の気持ちの問題として「良いじゃん」と思えるようになったことが大きかったんです。例えば誰かに「あの曲聴きたいな」って言われた時に、「私はスウェーデン民族音楽しか弾かないので」って断るよりは、その人の笑顔のために素直に弾ける自分でありたいと思ったんです。また自分に対してだけではなく、他の奏者が色々な曲を弾いている場合にも「良いね」って言える人でありたいと思いました。保守的なところから、挑戦に対して少し前向きになったような感じです。でも守備範囲はちゃんと守るつもり。(むしろ守る自信が少し出てきたので挑戦したくなってきたという感じです。大口を叩くことが許されるなら!笑)

楽しいのが音楽。

私が頑なにならざるを得なかったのは、自分が「ちゃんとトラッド(伝統曲)を弾いている人」って思われたくて、それに必死だったからなのかもしれません。でも自分が何を大切にしているかは自分自身がわかっていれば良いし、例えそれが周りから見て一目瞭然でなかったとしても、自分の軸がどこにあるのかは自分で決めて良いのだと気がつきました。それをあえて周りに示すためだけの行動は、もうしなくても良いのかなと思えたんです。

ずいぶん重い鎧を身にまとってきたんだなーと思います。今でもまだまだたくさん着込んでいますが、少しずつ自由になれたら良いなと感じています。

今日もお読みいただき、ありがとうございます!