窮屈になる時がある
うまく弾こう・きれいに弾こうとして、自由にのびのびと弾けなくなることが、よくあります。
うまく弾きたい・きれいに弾きたいと思うこと自体は良いのですが、それによって、今の自分の弾き方を全部変えようとしたり、全く違う弾き方に自分を合わせようとしてしまうからです。
でも、どんなに今の自分の演奏が「良くない」と自分で思ったとしても、全てを変えようとしたり、全く違う弾き方に合わせようとすることは、あまり必要ではないのでは、と思います。
窮屈な思いをしてまできれいに弾こうとしても、おそらく良い演奏にはならないからです。
また、そういう思いで練習しても、その(自分でこうすべきだと思う)奏法がそもそも身につかないことが私は多いです。おそらく、自分にとって不自然な奏法になっているのだと思います。頭で考えただけの。
自由にのびのび弾いた時の演奏を出発点にする
ではどうしたらいいでしょうか。
私は、現状を全て変えようとするのではなく、今の自分の、自由にのびのびと弾いた時の演奏を出発点にして、そこから少しずつ何かを変えていけば良いのではないかと思います。
昨日書いたように、何かをほんの少し、より意識してみるとか(音色、音の繋がり、音の出だし、音の終わり、など)、それだけで実はかなり印象が変わります。
何かを変えようとする時、(特に私の場合は)一気に色々なことを変えようとしてしまうことが多く、それだとあまりうまくいきません。
あまりにも色々と変えるのは自分のキャパを超えてしまって、結果的に自分にとって不自然な奏法になってしまうからです。
もちろん、今までとは違う弾き方や考え方をしてみたり、違うタイプの曲を弾くことは大きな学びになります。
でも、自分をそこに当てはめようとするのではなく、そこで得たものを自分の演奏の仕方に少しずつ取り入れる方が良いなと、私は感じています。
自分にとっての良い演奏と、他人にとっての良い演奏は違う
演奏のよしあしの基準はたくさんあり、一つ二つではありません。
自分が自分の演奏をどれだけ酷評していたとしても、それは他の誰かにとってはとても良い演奏かもしれないのです。(もちろん逆もありますが)
だとしたら私は、こじんまりしてしまうよりものびのびと弾いていたい(弾いてもらいたい)と思いますし、「うまくやろう」と飾るよりも、素直にシンプルに弾いていたい(弾いてもらいたい)と思います。
私は、そういう演奏が好きです。
もしも練習していて窮屈に感じる時は、ぜひ一度、のびのびと自由に弾いてみてください。
そして、そこから少しずつ何かを変えるように心がけてみて、その変化を観察してみてください。
参考になりましたら幸いです。