続きです。これで最後です。
それから留学するまでのことはあまり覚えていません。たぶん毎日ワクワクしながら過ごしたのではないでしょうか。
留学が決まるまでの腑抜けていた時期のことはよく覚えているんですけどね。色々もがいていました。親に頼んでイタリアに海外旅行にも行きました。何かを見つけようと必死でした。授業も真面目には受けていたけど、数合わせで受講した通年の授業がめちゃめちゃつまらなく思ったのを覚えています(すみません)。少人数のゼミ方式だし内容が日本文学だから本当はおもしろいはずなのに、あんなに興味を持てなかった授業はあれが最初で最後でした。授業のせいではなくて、私のやる気が無かったからかもしれません(単位は全然大丈夫でしたけど)。夏は教室の外で蝉が鳴いていたのを覚えています。
大学生活全般を通してみても、おもしろかった授業よりつまらなかった授業の記憶の方が鮮明です笑。
だから、留学が決まってから実際に留学するまでのことを覚えていないということは、きっと充実した日々を過ごしていたのかもしれません。覚えていないのでわかりませんが。
「留学にさえ行けば、きっと道が開かれる。なんとかなる」。これが当時の自分を支えていた思いでした。
これ、今考えると「いや、違うよ。留学に行って成長することはあっても、私は私のまま。良い意味でも悪い意味でも自分のままでやっていくしかない。自分で道を切り開いていくしかないんだよ」と思いますけど、それをこの頃の自分に言う必要はないですね。
2010年8月、私はスウェーデンのルンド大学へ留学しました。一応クラリネットも持っていきました。
これが私が初めてスウェーデン留学を決めた経緯です。
私はスウェーデンとは何の関わりも無く、思い入れもなく、ただ直感で良さそうだと思って留学を決めました。もちろん下準備で調べたり治安の良さなど条件は色々ありましたが、直感はやっぱり大きかったです。(あともちろん親の経済的援助。これなくしては今の私は微塵も存在していません)
なんだかんだと理由をつけて他の国にすることなく、直感でスウェーデンを選んだ当時の自分を私は褒めてあげたいと思っています。
挫折したり心が折れたりすることは辛いことですが、あの時の出来事がなければ私はスウェーデンに留学しようとは思っていませんでした。自分がしたいこと、したくないこと、されたら嫌なことを精一杯もがきながら見つけていった経験は、今の自分にも通じています。
サークルのことを悪く言いたくなくて、この経験は親しい人以外にはなかなか話せませんでした。でももう十年経っているし、私自身が良い人でいようとするのは無理があるし、私のことをおもしろおかしく話していた(つもりは無かったのだと思いますが)先輩のことも何もかも、十年経っても未だに覚えてるってことはやっぱりそういうことだから笑、しょうがないです。悔しかったこと、辛かったこと、嫌だったこと、怒りを感じたこと、認めます。その感情は今でも覚えています。でも感謝しているのも事実です。この時抱えた傷は後で癒されることになるし、その時の感動もすごかったのですが、それはまた別の機会に書きます。
私は真面目でガツガツしていて、将来について悩んでいて、親のすねをかじっていて、自分のことが好きじゃなくて、何者かになりたかった日本の普通の大学生でした。
最近の自分が、ニッケルハルパ奏者と名乗ることによって自分とは違う特別な存在に見せようとしてしまっているような気がしてちょっと違和感があったので、このことを書こうと思いました。
こんなに長く書いてしまいましたが、それでもお読みいただき本当にありがとうございます!