伝統曲って、どんどん変化していっているんですよね。
だから、「これが正しい」「あれは間違っている」みたいなのはあまり意味が無いなと思います。
かといって、じゃあ他の人の演奏や昔の演奏を知ることに意味が無いのか!?というと、それもまた違うかな、と私は思っています。
そのことについて書きます。
有名な演奏家の曲についての記述――「本人が弾いていた部分はほとんど残っていない」
先日、ある昔の有名な演奏家(の伝えた曲)の楽譜集の記述を読んでいたら、こう書いてありました。
(仮にその演奏家を○○さんとします。私の日本語がわかりにくかったらすみません!)
「このよく知られている曲は、○○さんとはあまり面識のない××さん(別の有名な演奏家)が、○○さんではない別の人から教わったバージョンのもの。しかも最初のパート(曲の冒頭部分)は教わったものを忘れてしまったので、××さんが後から自分で付け加えたオリジナルである」、と。
忘れて付け足したとか、けっこう衝撃的だな…と思いました(笑)
普通に有名な曲なので、へえ~、そういう感じなんだ、と思って。
ちなみに何の曲かは秘密ですが、とても良い曲です。
また、別の有名な曲についても、
「この曲に関して、○○さんと同じ時期によく一緒に弾いていた人たちが記した楽譜がいくつかあるが、それによれば、現代で私たちが弾いているこの曲のバージョンには、○○さん本人が弾いていた部分はほとんど残っていない」と書かれていて、
え~ほとんど残ってないの!?こんなに「○○さん伝承曲」として有名なのに…って思いました。
(ちなみにこの楽譜自体は信頼できる人が書いていて、地元の演奏家グループがこじんまり出版している楽譜です)
この演奏家は100年くらい前の人なのですが、100年前でもそんなに変わっちゃうんだな、と思ったんですよね。
伝統曲は変化する。正解は無い。
こういう話自体は伝統音楽ではよくある話だと私は思っていて、こんな感じで、伝統曲ってどんどん変わっていくものなんですよね。
たとえば現代であっても、同じ演奏家から教わった、という人たちの演奏を聞き比べると、全員違うんです。
しかも、教えた演奏家本人のCDと聞き比べても、誰の演奏も同じではなかったりします(笑)
同じように弾こうと思えば弾けるのだと思いますが、あえて変えていたり、個性で自然と変わっていったりしていて、かつ、教えた本人も細かい部分で毎回違う弾き方をしていたりするんですね。
そういうことが世代を超えて起きているので、ただ一つの「正解」みたいなものって、まあ…無いよな…って思うんです。
正解を追い求めるのも少し違うかな、と。
演奏を知ることや学ぶことにももちろん意味があるし、今伝わっているものに価値がある
でも、じゃあ、誰かの演奏の細部を真似たり、演奏や知識を学ぶことに意味は無いのか!?というとそんなことは全然無いんですよね。
たとえば、演奏家どうしの演奏は結構違っていても、「共有しているリズム」とか、「その地域での弾かれ方の特徴」とかはありますね。
そういうのを学ぶのって、とても刺激的で楽しいと思います。
あと、たとえ昔の演奏と違っていたとしても、良い曲だな~と思ったらもうそれで充分な気がします。
また、楽譜を読み解いて演奏することも、「昔の人と繋がれる」作業って感じがしてとてもおもしろいし、それを聞いた人もまた、昔の演奏家に思いをはせることができて、良いですよね。
(私的には、最終的に自分が「楽しい」とか「おもしろい」と思えるかどうか、が大事だと思っているので、話の結論がそこに行きつきます)
昔の人が、実際にどういうメロディをどう弾いていたかは、誰にもわからないかもしれません。
それでも今残されているものとか、受け継がれているものにはやっぱり価値があるし、意味があると思うんですよね。
大切にしたいなと思っています。
1を1として大事にする
私は、1を100と思うのではなく、1を1として大事にするのが、伝統音楽の良いところだと思っています。
つまり、1つの情報を「これだけが正しい(=100)」と思うのではなくて、1はあくまでも1だけど(目の前の弾き方は1つの例に過ぎないけど)、でもその1を1のまま大事にする(1つの弾き方として大事にする)、という感じですね。
伝統音楽に限らず、民俗学系の人とかはそういう考え方かもしれませんが。
有名な演奏家や曲だけでは無くて、誰にも知られていない演奏家や歌い手に焦点を当てたり、誰にも知られていない曲を発掘することに喜びを見出している人もいて、そういうのもおもしろいしかっこいいなと思います。
正解を見つけて誰かと競いあったりとか、お互いにつぶし合ったりとか、そういうことはしなくて良いんですよね。
私も自分の楽しいと思うものを、追究していきたいです。
演奏家の楽譜の記述を読んで、こんなことを考えました。
ちなみに前述の楽譜は、スウェーデンで帰国直前に買ってずっと本棚に放置していました(笑)
地元の演奏家たちが作った薄い本です。薄い本というと誤解を招きそうですが。
楽譜の最後にも、「この楽譜に書いてある通りに演奏しなくては、と思わなくて大丈夫」、「そもそも何世代もの演奏家たちによって演奏されてきた曲なので、楽譜に残すということ自体が難しいものでもある(楽譜に書かれた形になる前に、すでに色々な形で演奏されてきた)」ということが書いてありました。
スウェーデンで買って以来、読んでいない本や楽譜がいくつかあるので、楽しめる範囲で読んでいきたいなと思います。