3日間ほどブログをさぼっていました。すみません。少し文章を書く用事があり、そちらがひと段落したので、また続きを書いていきたいと思います!
スウェーデンのTV番組「Så byggdes Sverige」(建築物から、スウェーデンの町や住宅の、ここ100年間の歴史を見ていく番組。全8回)を見ていて知ったことや学んだことをメモしていきます。今回は6回目「スウェーデンの郊外について」です。
★これまでの記事はこちら↓
スウェーデンの一軒家(Så byggdes Sverigeを見て①)
スウェーデンの都市部の発展(Så byggdes Sverigeを見て②)
スウェーデンの工業地域/産業都市について(Så byggdes Sverigeを見て③)
スウェーデンの田舎(Så byggdes Sverigeを見て④)
スウェーデン都市部の住宅の歴史(Så byggdes Sverigeを見て⑤)
(正直このシリーズをここまで真剣にブログに書くつもりは最初は全く無かったのですが、ブログに書き始めてからきちんと番組を見始めたら学ぶものがたくさんあり、つい一生懸命書くことになりました)
音楽
本題の前に少し。この番組のサントラがYouTubeやSpotifyにあったので(国営放送の全8回の特番のサントラがストリーミングで聴けるって、結構すごいと思いましたが)、もしよければ流しながら記事を読んでみてください。
この曲以外にもあります。このサントラは全体的に、2~3つの限られたモチーフ(テーマソング)のメロディを、色々なアレンジで作りあげている感じがします。同じメロディが繰り返し出てきておもしろいです。
全曲聴ける再生リスト→https://youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_kHbgXvfvx7UUbm49dokogmVsjZgfEmTC0&si=eWI_d53naVN1XjQv
6.Förorten(=郊外)
今回は「郊外」についてです。
このテーマは非常にわかりやすいですね。都市部近郊の住宅地、いわゆるマンモス団地と呼ばれるような「大規模な団地」の、はじまりから今日に至るまでです。
また、途中から少し繊細な話(移民の話)にもなります。
では見ていきましょう。
Kortedala(コッテダーラ)…ヨーテボリ郊外の理想的な「ABC町」。郊外団地の先駆け
コッテダーラは1950年代に建設された衛星都市です。
建設当時、コッテダーラには8000戸のマンション・300戸の戸建て住宅が建てられただけではなく、映画館、レストラン、スーパーやお店、Systembolaget(システム・ボラーゲット=国営の酒販売店。スウェーデンでは度数3.5%以上のお酒はここでしか買えない)、公的サービス、教会などが近い範囲内に建てられました。
これは理想的な「ABC町(ABS-stad)」でした。
ABC町というのは造語で、A(Arbete=働く場所)、B(Bostad=住むところ)、C(Centrum=町の中心、商業エリア)、これらがすべて近く(徒歩圏内くらい?)に揃っている町のことを指すそうです。
当時、ヨーテボリの都市の中心部は信号などの整備が追い付いておらず、ごちゃごちゃとしていて危なっかしい町(町の構造)だったそうですが、それに対して郊外のABC町はたくさんの人が訪れることのできる町であり、日々新しいアイディアや世界的におもしろい試みが取り入れられていたそうです。
番組ではコッテダーラ以外にもストックホルム近郊のVällingby(ヴェッリングビー)が紹介されていました。
HFIによる合理的なキッチンのスタンダードが作られる
また、当時「HFI」(Hemmens forskningsinstitut。日本語で何と言えば良いのかわかりませんが「家事研究機関」みたいな感じ)という所が、家事の効率化(家事の負担軽減)をはかるため、家事中の主婦の背中の角度や歩数、動線などあらゆることを研究し、合理的なキッチンの間取り、棚の高さや家具・コンロの配置等に関する基準を作り上げました。
そのキッチンの間取りにするだけで、1回分の食事を作るのに800歩も節約になったとか。
こういったキッチンの間取りも郊外の住宅設計に活かされたそうです。
他にも衛星都市が建設される。ブラジルの首都ブラジリアの参考にも。
その後、他の都市部近郊でも、コッテダーラ等を参考とした衛星都市が建設されました。
「『未来』は郊外にあった」と番組では言われています。
さらに、ブラジルの首都が新しく作られた際(首都がリオデジャネイロからブラジリアに移された際)、ルシオ・コスタ(ブラジルの建築家)がデザイン・機能ともに新都市計画の参考にしたのが、スウェーデンの郊外のABC町だったそうです。
(ただし、道路に信号を作らなかったので、ブラジリアでは当初交通事故がたくさん起きたそうです)
住宅建設にかかる労働力とコスト。高速道路の建設。→コンクリートを住宅へ使うアイディアへ
当時、スウェーデンの住宅建設ではレンガや石を積み上げる方法が主流で、多くの労働力とコストがかかっていました。
そこで、スコーネ地方のセメント会社(Skånska Cementスコンスカ・セメント)が、政治家とも連携し、「住宅をコンクリートで作る」というアイディアを実行します。
(このセメント会社は、1963年に完成したスウェーデン初の高速道路の建設に関わっていました)
そして、1954年に完成したのが、通称「Allbetonghuset(=全部コンクリートの家)」という住宅です(今も普通に建っていて人も住んでいると思います)。
ここで、コンクリートが「レンガよりも早く、少ない人手で建設できる丈夫な資材である」ことが証明され(工場で事前に作れるし、鉄筋コンクリートにもできる)、家づくりは人による手仕事から、機械化・工業化がされていきました。
1960年代の住居不足→ミリオーン・プログラム(100万戸住居建設計画)の開始
これまでの番組でも取り上げられていましたが、1960年代のスウェーデンでは深刻な住宅不足が起きていました。
「住むところがなくて、車に3カ月寝泊りしている」という人も。
国会でもこの問題が取り上げられていました。
これに対し政府が打ち出したのが、「ミリオーン・プログラム(100万戸住居建設計画)」です。
これは、「1965~1975年の10年間で、100万戸の住居を作る」という計画でした。
「そんなにたくさんの住居をどこに?」
「もちろん、郊外に!」
Skärholmen(フェルホルメン)ー社会的スティグマの問題
というわけで、そんな風にして郊外に建てられた大規模な団地の1つが、ストックホルム郊外のフェルホルメンでした。
フェルホルメンの建設計画は上手く行き、最初はたくさんの人々が商業エリアにも訪れたそうですが、住居エリアがすべて完成した2日後、DN(新聞社)に「フェルホルメンを取り壊せ!」という記事が出てしまいます。
取り壊すべき根拠というのはあまり番組では語られておらず、インタビューでも「なんでそう言われていたのか実際のところはよくわからない」「フェルホルメンに移り住んだのが当時の労働者階級だったからだろうか…?でもわからないね」とか、ただ「コンクリートの建物がたくさん建つなんて醜いから」みたいな曖昧な感じでした。
(ここの部分は私も番組を見てすぐには理解できなくて、4~5回見返したのですが、どうやら「取り壊すべき根拠は特になく、ただ団地に対する抵抗感(コンクリートの建物がたくさん建つことに対する抵抗感)や、政府に対する対抗などで、新聞で『取り壊せ!』という主張がされてしまって、人々の間にその印象がついてしまった」みたいな感じなのかな?と思いました)
番組でも、フェルホルメンの話は「社会的スティグマ」という言葉が出されていました。
その後、フェルホルメンは取り壊されることもなく、今もきれいに建っていて(ひと気のない荒れた団地とは全然違う感じで)、人がちゃんと住んでいます。
他の郊外でも団地がたくさん作られるが…
フェルホルメンとは別に、他の郊外でもコンクリートの団地がたくさん建てられました。
しかし、中にはABC町の構想を忘れ、ただただ「たくさんの家を作る」ことだけに終始して作られてしまった町もありました。
そうした場所は、快適な町としての機能を失い、本当にただコンクリートの建物が並ぶだけ。
交通の便もとても悪く、買い物もできない。
やがて人々が去り、フェルホルメンとは違って取り壊された所もいくつもありました。
Rosengård(ローゼンゴード)ー移民の多く住む町、団地の未来
フェルホルメンには今は新しい世代の人々が住んでいて、移民(特に中東系の方)の姿が目立つようになりました。
そして移民の方が多く住む郊外として有名なのが、マルメ近郊のローゼンゴード(Rosengård)という団地のエリアです。
(※ローゼンゴードが移民が多い町だというのは、私もスウェーデンにいた時から知っていました。確か移民局が近くにあり、移民局に行った帰りにこの団地のあたりを散歩して帰ったので、それで知りました)
(※移民の方の話題というのは、スウェーデンでも非常に繊細な話題です。番組の中でもインタビュー(移民2世の方のインタビュー)で、インタビュイー本人が口にしている以外は、「移民」という言葉自体を使っていませんでした)
移民の方が多いエリアというのは、どうしても治安の問題が出てくることが多いです。実際、過去に過激な事件が起きたりもしているし、言語や文化の違いにより、コミュニケーションをはかることが難しい場合があったりするからです。
一方で、そういったイメージでははかれない面(=むしろ他の町よりも安全であること、団地ならではの人と人とのつながりがあること)も番組では語られていて、私自身も番組を見て色々と考えさせられました。
(団地で育った人のインタビューでは、「自分は団地のエリアの方が安心感があり、むしろ戸建て住宅が並ぶ町の方が暗くて怖いイメージがある」と言っている方もいました。その方も移民のルーツを持つ方だと思います)
番組では、ローゼンゴードに住んでいる人たちのインタビューや、ローゼンゴードの方がマルメの高級住宅地よりも圧倒的に一人当たりの環境への悪影響が少ないこと、また、団地の機能は維持したままで今後は会社の誘致(ABC町のAを作る)をしたり、戸建て住宅を同じエリアに増やすのも良いかも、といった構想が語られていました。
多様性…人も建築方法も
また、人の多様性(様々な民族の人が同じ社会に住むこと)だけではなく、建築方法自体の多様性についても紹介されていました。
番組で取り上げられていたのは、 「粘土」です。粘土で作られた家というのもかなり丈夫だそうです。
番組の最後は「過去のミリオーン・プログラムで建設された建物、これらをただ『間違いだった』とするのは違う。今現在人が住んでいて、社会ができあがっている所もあり、むしろそういった団地や郊外の町は、未来につながるものだ」として終わっています。
以上、「郊外」でした。
移民の方が多いエリアって、なんとなく緊張してしまうというか、怖い感じがしてしまったりもするんですよね。
でもその人たちの中に自分の知り合いが多かったり、実際に住んでみて「多くの人たちは安心できる人たちだ」とわかると、だいぶ印象が違うだろうなとも思います。
(そして、やばい人や危険な人というのは、国籍に関わらず怖いです)
私も、実はストックホルムで部屋探しをしていた時期があり、そうとは知らずに訪れたエリアが移民の方が多いエリアで、駅に降りた瞬間から「ここは本当にスウェーデンなのだろうか?」と思ってびっくりして(緊張して)しまう、みたいなことがありました。
当時はそういう事情を全然知らなかったので。
今そういった町を訪れたら、きっと当時とは少し違った目線で見られるのではないかと思います。
では、郊外についてでした。
