ニッケルハルパについて知るために、スウェーデンの歴史についても知ってみよう!ということで、スウェーデンのTV特番「Historien om Sverige(スウェーデンの歴史、2023年放送)」を参考にメモしたことをこちらに書いています。
★これまでの内容
・石器時代~鉄器時代→スウェーデンの歴史①石器時代、スウェーデンの歴史②青銅器時代、スウェーデンの歴史③鉄器時代
・ヴァイキング時代→スウェーデンの歴史④ヴァイキング時代への移行、スウェーデンの歴史⑤ヴァイキング時代(略奪と交易)、スウェーデンの歴史⑥ヴァイキング時代の終焉~中世へ(9~11世紀)
今回から、中世(12世紀~14世紀終わりまで)に入っていきます。今回は特に中世の初めの方について、社会の様子や出来事を見ていきます。
12世紀~、社会の様子
王の権力は弱く富も少なかった
1156年、エステルヨートランド地方(Östergötland)にて。
クリスマスの早朝のミサ(Julottan)に向かおうとしていたスヴェルケル王(Kung Sverker)は、当時、王になってからもうすでに20年以上生きていました。
これは当時としてはかなり珍しいことでした。
(たいていは20年も経つ前に暗殺されてしまいました)
そんな彼も、クリスマス当日のミサへの道すがら、家臣の1人に殺されてしまいます。
こういった殺害は当時は珍しくありませんでした。この頃は常に地域の有力者たち(Stormän※「有力者」という訳で良いのか微妙ですが)が権力争いを繰り広げており、反対に、「王」には力も富もそこまでありませんでした。
当時のスウェーデンは、まだ今よりもずっと小さな国でした。
(※番組の地図で見た限り、今のスウェーデン中部辺りのみが、当時のスウェーデンだったみたいです。ちょうど前回出てきたような東側のウプサラの辺りから少し北まで、そしてヴェステルヨートランド地方とかの西の辺りまで、みたいな)
その分、王の力も限定的で、力を持っていたのは地域の有力者たちと司教たち(biskopar)でした。王が1人殺されると、彼らの中で次の王を誰にするかを決めていたそうですが、「誰がスウェーデンの王であるのか」というのは当時はあまり重要なことではありませんでした。
(王が「1国の王」として力と富を得るようになるまでに、その後約100年ほどかかったそうです)
神と信仰…すべての人々に新しい可能性を示す
王よりもよほど重要だったのが、神や信仰です。
スウェーデンはもうキリスト教化していたため、当時は国中に教会や修道院が建てられました。
この頃は、死後の世界(天国に行ける等)が信じられるようになり、世界/人生/命に対する人々の価値観が大きく変化した時代でした。
教会では司祭(präst)が、どのようにして永遠の命を手に入れることができるのかを説いていました。
これは、人々に新しい可能性を与えました。
ヴァイキング時代では、ヴァルハラ(北欧神話における、ある意味では楽園のような場所)に行けるのは「戦士たち(戦死者たち)だけ」でした。
しかし中世になると、「神の教えに従えば、誰でも死後の命(永遠の命)を手に入れることができる」とされたのです。これは人々に救いをもたらすと同時に、「すべては自分次第だ」という、人生に対する自己責任のような感情も生み出しました。
また、キリスト教の存在によって「理想的な社会」に対する価値観も変化していきました。
「貧しい人や社会に適合できない人もまた、魂を持つのだ」という視点から、彼らを助け、お互いに協力し合い、すべての人を包括する社会にするべきだ、という考え方が人々の間に芽生えました。
さらに、ヴァイキング時代とは違うキリスト教の「儀礼」(意味のよくわからない言葉を唱え、パンやワインを見立てて使う)もまた、目新しさを感じさせ、まるで魔法のようだ、と人々は考えたかもしれません。
カトリック教会やキリスト教的な考えは、当時のスウェーデンの人と社会に様々な方法で影響を与えたのです。
豊かな暮らし
中世というと、暗い時代だと捉える人もいるかもしれませんが、そんなことはありませんでした。
12世紀初め頃、人々は豊かな暮らしをおくっていました。
気候は温暖で、作物は実り、国は豊かでした。
この状況もまた、人々のキリスト教への信仰をより深くしたのかもしれません。
「自分たちの日々の労働と信仰心により、神のご加護があるからだ」と。
税収の増加
豊かな暮らしは人口の増加につながりました。当時、約200年の間に人口が2倍ほどになったそうです。
農業の技術も進化。鉄製品がより身近に・頻繁に使われるようになり、農業用具も改良されていきました。たとえばスコップの開発・改良により、それまで農地として活用していなかった土地も、耕すことができるようになりました(耕作地の拡大)。
それにより、生産性も向上しました。
その結果何が起きたかというと、税収の増加です。この税収の増加がのちの王の権力と富の増加へと結びつくわけですが、王だけではなく、教会にもまた恩恵がありました。
10分の1(tiondel)を教会へ渡す、という慣習ができていきました。これがのちのkommunalskatter(※「住民税」みたいな感じだと思いますが)に繋がっていきます。
こういった徴税が人々に受け入れられるまでには、時間がかかりましたが、「そのお金が何に使われるのか?」を知る・見ることによって、人々は次第に納得して受け入れていったそうです。
(たとえば、橋や道の補修、教育環境整備のために使う、など)
聖人(helgon)の存在
そして、カトリック教会が当時もたらしたものとして非常に画期的だったのが、「聖人(helgon)」の存在です。
聖人(helgon、ヘルゴン)とは、「生きていた間は人間で、死後、聖なる存在として崇拝されるようになった存在」のことです。
彼らは中世の間はとても有名(人気)でした。
スウェーデンの最初の頃の聖人の1人として有名なのが、聖エリン(サンタ・ヘレナ。Heliga Elin、Sankta Helena)です。
(エリンはスウェーデン語読みだと「エーリン」、ヘレナは「へレーナ」と、途中の音が伸びます。また、「聖ヘレナ」で検索すると別の時代の別の聖人が出てきます)
聖エリンの人生(言い伝え/物語によるもの)
言い伝えによって伝承された彼女の人生を見ていきましょう。
エリンはヴェステルヨートランド地方の「フェーヴデ(Skövde)」という所に住む、裕福な家の未亡人でした。
教会にたくさん寄付をし、信仰心を強くもった生活を送っていました。
エリンの子どもたちは結婚し、娘の1人はある男性に嫁ぎましたが(※以降、彼を「義息」と書きます)、義息はエリンの娘(自分の妻)に暴力をふるい、エリンの娘は地域の人々に悪い噂をたてられるようになりました。
エリンにとっても、エリンの娘にとっても、つらく厳しい状況でした。
ある時、義息が何者かに殺され、エリンが犯人なのではないか?と疑われるようになりました。
特に、義息の家族(遺族)から、強く疑われました。
(真相は不明だそうです)
そこで、エリンは巡礼の旅に出ました。長い旅です。彼女は「イェルサレムを訪れた最初のスウェーデン人の1人」だと言われています。
約2年間の旅を終え、エリンは故郷に帰りました。
義息の家族はまだ彼女のことを疑ったままでした。
エリンが帰ってきてからすぐの頃、近くに新しい教会が建てられることになりました。彼女は建設に際しお金を寄付していたので、教会が初めて開かれる日(オープニング)に見に行くことにしました。
しかし、エリンが教会にたどり着くことはありませんでした。道中で殺されてしまったのです。言い伝えによれば、その犯人(犯人を雇った人)は義息の家族。
エリンが亡くなった場所の跡からは、泉が湧き、数々の奇跡が起き、その後、エリンは聖人として崇拝されるようになりました。
彼女の生涯・教会への寄付・巡礼の旅・ドラマチックな死は、彼女を聖人とするのにふさわしい要素だったのかもしれない、とも言われています。
エリンは残された人々にも希望を与えました。
遺族や、エリンと親しかった人々にとって、そしてフェーヴデ(Skövde)の村にとって、「身近な存在が聖人となった」ことは大きな意味を持ちました。
「イェルサレムに巡礼に行くことは難しくても、フェーヴデにだったら行ける」という人がたくさんいました。
エリンの指…聖遺物(reliker)
エリンが殺される前に向かおうとしていた教会は、ヴェステルヨートランド地方のヨーテネ教会(Götene kyrkan)です。
ここの祭壇の中に、ある小箱が埋め込まれています。
(祭壇の壁に小さいくぼみがあり、その中に小箱がしまわれている)
そして小箱の中には、亜麻布(麻布)に包まれた「エリンの指(骨)」が入っている、と言い伝えられています。
◎実際の映像↓骨自体は映りません。布にしっかり包まれています。
これは「聖遺物(reliker)」と呼ばれるものです。
聖遺物とは、聖人の遺骸や遺品のことで、大切に保管され、日々の祭儀で使われているのだそうです。(Wikipedia「聖遺物」)
中世は特に、この聖遺物が非常に重要で価値の高いものだとみなされていて、病気をなくし、悪い存在から人々を守ってくれるものだとされていました。
エリンの指も、盲目の人がこの包みで目の辺りを撫でたら目が見えるようになった、といった言い伝えもあるそうです。
この聖遺物は、それ自体だけではなく、保管されていた場所自体も「聖人がいる場所」とみなされました。
聖人は神よりも「身近な」聖なる存在で、男性も女性もいました。
この信仰に変化が訪れるのは、16世紀の宗教改革です。聖人崇拝が禁止され、聖遺物は国のあらゆる所で壊されました。
そんな中、エリンの指は守られ残ってきました。今ではスウェーデンの最初の聖人の1人として、フェーヴデの町の紋章にも描かれ、カトリックの教えの中で崇拝されています。
次回、キリスト教が社会に与えた影響など、中世の社会を引き続き見ていきます。
中世の初めの部分でした。
宗教の話がたくさん出てきて色々難しくなるかと思いきや、まだそこまでではないですね。最初に王が殺された話はありましたが、それ以外はわりと平和というか。エリンの生涯は壮絶なのかもしれませんが。
ニッケルハルパ関連で言えば、個人的には「外国の影響がいつ・どれくらい入ってくるのか」みたいな所に興味がありますが、まだ先の部分は見ていないので、どうなるかわかりません。
続きもまた2~3日後に書いていきたいと思います♪
