ニッケルハルパの歴史的な起源というのはよくわかっていない部分が多いのですが、そんな中でも、
「ニッケルハルパの歴史の話題になったら、とりあえず名前を出しておくと良いかも」みたいな事柄がいくつかあります。
(それが本当にニッケルハルパの起源と関わっているどうかは別として)
その中の1つが、「Källunge教会のレリーフ」です。
今回はそんなKällunge教会のレリーフについて、ご紹介してみたいと思います!
(途中までしか書けなかったので、続きは次回書きます)
Källunge教会のレリーフ…「ニッケルハルパらしき楽器が見てとれる最古の例」
ニッケルハルパの歴史の話題で、とりあえず引き合いに出されるものの1つが、「Källunge教会のレリーフ」です。
「Källunge」の読み方
「そもそも『Källunge』ってなんて読むんだろう?」とお思いの方もいらっしゃると思いますが、「シェッルンゲ」とか「シェッルウンゲ」という感じで読みます。
「k」は後ろに来る母音によって発音が変わりまして、基本的には、普通に「カ行」の発音なのですが、後ろに「i」が来ると「ki=シ」になりますし、今回のように後ろに「ä」がくると「kä=シェ」になります。
(他にも、「sk+母音」だと「ファ行」のようになる時がありますし、「kj+母音」だと「シャ行」になったりします)
カタカナ表記は人によって変わると思いますが、とりあえず今回はわかりやすく「シェッルンゲ教会」と書いていきますね。
さて、このシェッルンゲ教会のレリーフ、いったいどんな文脈で登場するかというと、こんな感じです。
- ニッケルハルパ(らしき楽器)が演奏されている最古の例としては、1350年頃のものとみられる、ゴットランド島のKällunge教会のレリーフが挙げられる(=レリーフにニッケルハルパらしき楽器が彫られている)。
場合によってはもう少し慎重な言い方だったり、逆にもっと断定的だったり、さらに詳しく書いてくれていたり色々ですが、要するに「ニッケルハルパ」「最古」「ゴットランド」「Källunge教会」「レリーフ」「1350年(14世紀半ば)」こんな感じのキーワードが並ぶかなと思います。
ニッケルハルパかどうかは不明
で、このレリーフに彫られた楽器が本当にニッケルハルパなのかどうか?は意見の分かれるところで、実際のところは誰にもわかりません。
(ちなみに、私の周りの方々は「これをニッケルハルパと断定するには色々と根拠が少なすぎるのでは」と思っている方が多い気がします)
ただ、「とりあえずニッケルハルパの起源の話になったら、この教会の名前を挙げておくのが通例」みたいな扱いで、非常に有名な存在なのです。
そこで、私は思いました。
「『Källunge教会のレリーフ』って、よく耳にしてきたけど…実際のところ私は何も知らない!」と。
いつも名前と年代だけ耳にしてきたけど、実際どんな所なんだろう?ちょっと知ってみよう!と思ったのです。
そもそもどこにあるのか?→ゴットランドとヴィスビーの紹介から…
そもそもこの教会ってどこにあるのでしょうか?
ゴットランド島
この教会がある「ゴットランド島」はスウェーデン最大の島です。ここにあります↓
(ちなみにニッケルハルパの伝承地ウップランド地方はゴットランドよりも少し北の、地図でオレンジ色のところにあります。特に近いわけでもなく、それぞれ全然別の地域です)
ゴットランドには、フェリーか飛行機で行けます。私は夏と冬に1回ずつ、計2回行ったことがあるのですが、夏に行った時はフェリー、冬に行った時は飛行機を使いました。フェリー↓

そして、ゴットランド島といえば、昔の城壁(砦、市壁)で囲まれた「Visby(ヴィスビー)」という町が有名です。世界遺産にも登録されています。こんな感じ↓

さて、ここでいきなりですが、ヴィスビーの歴史について少しご紹介したいと思います。
(私のにわか知識で申し訳ないのですが、詳しく知りたい方は、日本語のサイトもたくさんあるのでぜひご自身でも調べてみてくださいね!)
ヴィスビー(ハンザ同盟で栄えた中世の都市→現在は中世の教会の廃虚が残る歴史的な土地)
ヴィスビーは、もともと(9~11世紀頃)は「ヴァイキングの交易の要」として、そしてその後(12~14世紀半ば)は「中世のハンザ同盟の中心都市」として栄えたところです。
これは、12世紀にドイツ商人たちがヴィスビーに進出してきたことで、ハンザと呼ばれる商人の組合が作られたことに始まり、その後、ロシアやデンマークなど、他の国の商人たちもやってきました。
(※当時の商人は定住せずに、移動しながら生活をしていたそうです)
各教派の人たちのため+北欧・東欧への宣教拠点として、多くの教会が建立され、ヴィスビーは「スウェーデンでも最も教会が密集して建てられた地域」になりました。
また、ハンザをはじめとしたギルド(職業別組合)の拠点となるギルドハウスや、品物を保管するための倉庫などが作られた影響で、それまでの木造建築から石造建築による建物が増えました。
13世紀頃までは栄えていたヴィスビーですが、14世紀以降、激動の時代へ。デンマーク領になったり、また自由になったり、でもやっぱりまたデンマーク領になったり…などして(この辺は私はよくわからない)、やがてはハンザの同盟都市ですらなくなり、力も失い、リューベックを中心とする連合艦隊によって町は破壊されます。
さらに、その後の宗教改革の影響もあり、教会も1つ(大聖堂)を残してすべてが閉鎖・放棄されたそうです。
17世紀半ばにスウェーデン領となり、18世紀以降、少しずつ町の復興・保存がされてきたそうです。
今では、「中世の教会の廃虚」や「城壁」等が見られる歴史的な町として、観光客でにぎわっています。人口も、ヴィスビーだけでも2万人くらい住んでいるみたいです。バラが咲く小道も有名です。



日本では、「魔女の宅急便」の舞台のモデルの1つとしても知られています。

説明の参考:「世界遺産データベース ハンザ同盟都市ヴィスビュー」
(人口は「Wikipedia『ゴットランド島』」より)
シェッルンゲ教会の場所
そんなヴィスビーと比較しながらシェッルンゲの場所を見てみたいと思います。
こちらは私がラフに描いた地図です↓色味が微妙ですが、ヴィスビーは左の赤い枠の中のあたり、そしてシェッルンゲがその右側の●の辺りだそうです。

ゴットランドは全体の人口が約5万7千人、そのうちの約2万2千人がヴィスビーに住んでいるそうで(Wikipedia「ゴットランド島」より)、ヴィスビーの存在感はとても大きい感じがしますが、こうして見るとヴィスビーの範囲ってゴットランド全体からすると非常に小さいのですね。
そしてシェッルンゲは、ヴィスビーからだと約20kmほどみたいです。多少離れてはいるけど、そこまですごく遠いわけでもない(車なら)という感じですね。
こうして地図で見るだけでも私としては「へえ~」という感じです。
さらにこのシェッルンゲからお隣のヴァルステーナまでを、上空から映した映像がYouTubeにありました。
乗り物酔いしやすい方にはちょっと見にくい映像かもしれませんが…。見渡す限り畑というか野というか。こんな感じの所だそうです。
シェッルンゲ教会の様子
では、実際の教会の様子はどんな感じなのでしょうか?
(ここからはWikipediaの引用OKの写真を使っていきたいと思います)
教会の外観↓

Wolfgang Sauber, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
別の角度から↓

Karl Brodowsky, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

Karl Brodowsky, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
こんな感じで、大きな四角い建物と、長細くて小さい廊下みたいなものと、塔が組み合わさった教会になっています。
とてもきれいな教会ですね。私の勝手なイメージでは、もっとヴィスビーの廃虚のような感じで、壊れかけた感じの教会かと思いこんでいました。イメージと結構違いました。
中はこんな感じ↓

Wolfgang Sauber, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
で、ニッケルハルパらしき楽器のレリーフというのがこちらです↓

Bene Riobó, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
この画角の画像は有名なので、これは私も何回も見ているのですが、ここでふと思いました。
…あれ、これ、教会のどこにあるんだろう?さっきの外観の中にこんな所あったっけ?
はい、さっきの外観の写真の中にあります。さっきの写真では(写りが小さくて)見つけられないと思いますが。
ではこのレリーフがどこにあるのか?という所から、教会についての紹介も含めて、次回の記事で書きたいと思います!
シェッルンゲ教会のレリーフについて①でした。
本題までなかなかたどり着きませんでしたが(笑)、こういう風に寄り道をしながら知っていくと、このレリーフのことがよりわかる感じがして、おもしろいかな~と思っています。
また、繰り返しますが、このレリーフがニッケルハルパと関係があるかどうかはわかりません(笑)なので、全然関係ないものをただ私が趣味で追っている、みたいなことになっているかもしれませんが…。
このレリーフと、少し仲良くなれれば良いなと思っています。
では、明後日くらいに続きを更新したいと思います!

