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音楽の好みや聴き方の変化について(私の場合)

/ ニッケルハルパ奏者

留学前~今現在と、自分の音楽の好みや聴き方が変化しているなと思っています。

今回はこのことについて書いてみます。

ぜひ何かの参考になりましたら嬉しいです。

派手な良さ、わかりやすい良さが好きだった

留学前・留学中・留学直後は、私はどちらかというと「派手なタイプの良さを持つ演奏」とか、「わかりやすい良さを持つ演奏」が好きだったかな、と思います。

派手なタイプの良さを持つ演奏というのは、一目をひくような豪華さがあったり、明らかに誰が見ても華があったりする演奏、カッコいい演奏、じゃーんという感じの演奏です。

また、わかりやすい良さというのは、たとえば音1つ1つのキレであったり、音1つ1つの「完璧さ」、きれいさのようなものです。

どの音をとっても見事とか、どの音をとっても素晴らしいとか、計算されている、とか。

安定していて純度が高いとか、技術力の高さを思わせる演奏、など。

そういうタイプの奏者の演奏を積極的に聴いていて、積極的に真似しようと心がけていました。

それ以外のタイプの演奏の良さに鈍感だった

同じ頃、そういう派手なタイプの良い演奏や、わかりやすい良さを持っているタイプの演奏「以外」の演奏に対しては、その良さに対して、私は鈍感だったと思います。

たとえば、音一つ一つはあまり完璧に思えないもの(いびつさを感じさせるもの)、テクニックとしてはあやうさのあるもの、少しふらふらしているもの、派手なタイプ(音量や響きでじゃーんと聴かせるタイプ)ではないもの、など。

そういう演奏を「悪い」とは全く思っていませんでしたが、それらの「良さ」にはあまり気づけてはいませんでした。

「わからない」ものをもっと知りたいと思った

そんな私ですが、留学から帰ってきてからもう4年になります。

この4年の間に、自分の音楽の聴き方・聴こえ方が変わってきたと思います。

どんな風に変わったのか、うまく言えませんが、聴き方としては、「ちょっと距離を置いて冷静に聴くようになった」と思っています。

冷静に聴くことで、「その音楽や演奏の良さをもっと受け取りたい」と思うようになったんです。

以前は、自分の気分と音楽とを、もっと全面的にマッチさせるような聴き方をしていました。

ただ、それだと、気分によって聴ける音楽が限られたり、良さを受け取れる音楽に偏りが出てしまい、視野が少しせまくなるような気がしたんですね。

自分の気持ちに関わらず、冷静に少し離れたところからその音楽を眺めることで、あらためて見えてくる良さ(自分の気持ちありきで考えていた時には見えてこなかったもの)があると思いました。

また、今の自分に合致する曲だけではなくて、今の自分には「わからない」ものも、楽しめるようになりたいと思いました。

今の自分には理解まではできない、よくわからない。でもだからこそ楽しみ方を知りたい。

ジャンルを問わず、「この音楽やこの曲を楽しんでいる人たちの見ている景色・感じている世界を、自分も見てみたい」という思いが出てきました。

今までわからなかった曲の楽しみ方を知ることができたり、今まではスルーしていたはずのその曲が自分の中に確実に存在するようになると、本当に世界が広がるんですよね。

価値観の器も広がるし、より柔軟になれると感じています。

そういう時は、「曲や演奏家に感性を広げてもらった・育ててもらった」という気持ちをいつも抱きます。

自分一人ではその景色を見ようとすら思わなかったけど、誰かがそこに連れて行ってくれるから、自分もそこまで一緒に行ける。

ただし、その景色を見るためには、相手のことを信頼して、そこに一緒について行かなければいけません。

自分の常識や自分のプライドを、一旦置いておく勇気が必要な時もあります。

自分の気分に合うもの・共感する部分だけを見るのではなくて、冷静になって距離を保ちながら相手に付き合ってみることで、相手がやりたいこと・意図していること・相手が見ている世界というのがよりよく見えてくることがあります。

価値観を広げる、良さに気づけるようになる

そういった変化を経ながら、留学中にはわかっていなかったタイプの演奏の良さに、私も少しずつ気づくことができるようになってきました。

たとえば、「いびつさ」の残る音の出し方をする演奏について。1つ1つの音はいびつでも、そのいびつな1つ1つのでこぼこの音が曲の中で配置されることで、音それぞれの不完全な形に意味がついて、曲全体として輝いてくるのだと思いました。

また、テクニックとしてのあやうさを感じるものについても、本当にテクニックがあやういのではなく、そのあやうさ自体が1つのテクニックで、それが魅力になっているのだと知りました。

完璧さや、派手なタイプの良さにはそれ自体の良さがあり、同じように、そうでないタイプの演奏にも別の良さがあります。

その良さというのは、「1つのタイプのみを正解だと思っている間」は、見えてきません。

価値基準を自分の中でたくさん持てれば持てるほど、今までの自分には気がつくことができなかった演奏の良さに気がつくことができます。

それがおもしろいのだし、そのおもしろさに気づけるかどうかというのが、演奏家にとってのターニングポイントの1つなのかな?と私は思っています。

「わからない」ものにふれ、その楽しみ方を知ることは、そんな価値基準を増やすことにつながり、自分の感性を育てることになります。

色々な音楽にふれながら、最終的には伝統音楽の良さ・色々な演奏の良さをもっと発見していきたいなと思っています。


以上、私の「音楽の好みや聴き方の変化について」を書きました。

お読みいただき、ありがとうございました。