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Konsert till Ole Hjorths minne(Bror Hjorths Hus, 2022)の和訳⑥

/ ニッケルハルパ奏者

Ole Hjorthをしのぶ(追悼)コンサートの和訳⑥です。

①~⑤はこちら↓

Konsert till Ole Hjorths minne(Bror Hjorths Hus, 2022)の和訳①

Konsert till Ole Hjorths minne(Bror Hjorths Hus, 2022)の和訳②

Konsert till Ole Hjorths minne(Bror Hjorths Hus, 2022)の和訳③

Konsert till Ole Hjorths minne(Bror Hjorths Hus, 2022)の和訳④

Konsert till Ole Hjorths minne(Bror Hjorths Hus, 2022)の和訳⑤

動画

前回の続きから(40:47~)の再生です。

Sven:(今演奏しました曲は)ちょっと違うタイプの曲ですが、こちらもまた力強い表現の曲でした。

さて、次に私たち2人で演奏しますが、この曲を伝えた人は、Oleが最も…

Joel:(「伝えた(efter)」ではなくて)「作曲(av)」ですよ。

Sven:「作曲(av)」か。失礼しました。

(笑いが起きる)

Oleの最も憧れた(尊敬した/モデルとした)演奏家の1人が作った曲です。

Oleはよく、こう言っていました。

「この人の前で演奏する時だけはいつも本当に緊張するんだ。彼はなんでも知っているから」と。

その演奏家の名前はViksta-Lasse(ヴィークスタ・ラッセ)です。

Uppland(ウップランド地方)のViksta(ヴィークスタ)出身のLeonard Larsson(レオナルド・ラーション※Viksta-Lasseの本名)です。

Viksta-Lasseはいつも笑っていました。

彼が笑っている間に何を言っているのか聞き取るのはいつも困難でした。

彼は曲について話す時も、いつもとてもたくさん笑っていましたから。

様々な意味においてエンターテイナーでした。

そして、彼は非常に鋭い耳(聴覚)を持っていて、色々なものを聴いていました。

私の記憶が正しければ、確か彼らは親類だったと思います(※ここ、誰と誰が親類なのか聴き取れず。すみません)

次に演奏する曲は「Polska till Wik(ヴィークへのポルスカ)」というポルスカです。

Joel:そうです。

私たち、一緒に演奏する曲で何曲か候補があったのですが、「Oleをしのぶコンサートなら、この曲はやはり入れるべきだ」と話していたのです。

「Polska till Wik」というのは、Viksta-LasseとEric Sahlström(エリック・サールストルム※ニッケルハルパの演奏家でViksta-Lasseとよく一緒に演奏していた)がWik城(※で行われたサマーコースの余興のコンサート)へ行き演奏した時に、その道中でLasseが作った曲です。

私の解釈が正しければ、確か彼らは電車でそこへ行き…

Sven:いえ、車です。

Joel:ああ。そうなんですね。

(少し笑いが起きる)

私は「電車で行った」と書いてあるのを読んだことがあったもので…。

今はできませんが、当時はできたみたいです(※→今は電車では行けないけど、当時は電車でWikまで行けた)。

(笑いが起きる)

Sven:うん(笑)

(笑いが起きる)

いや、きっとそうでしょう。

私は車で行ったと話すのを聞いていましたが、その後で忘れてしまったのかもしれない。

Joel:…たぶんSvenの方が正しいです。

(笑いが起きる)

人の好みというのは時とともに変わっていくものですが、少なくともOleにとってこの曲は長い間お気に入りであった曲の1つです。

私にとっても大好きな曲です。

Sven:そして私にとってもそうです。

⑨(43:26~)”Polska till Wik” av Viksta-Lasse(「ヴィークへのポルスカ」ヴィークスタ・ラッセ作曲)

(45:55~)

Joel:ありがとうございます。

そして…。

ええと、ここでJonnyを迎え入れようと思っていたのですが、彼はすでにここにいますね。

(笑いが起きる)

Hjort AndersとViksta-Lasse以外に、Oleの憧れていた(演奏の模範としていた)人物と言えば、Pål Olle(ポール・オッレ)です。

次に私たちで演奏する曲は、Oleと私がよく一緒に弾いていた曲。Pål Olleが作った曲で、「Pål Astrids skänklåt(ポール・アストリッドのフェンクロート)」です。

Astrid(アストリッド)はPål Olleの妻です。

Pål Olleは、作曲や演奏の才能が素晴らしいだけではなく、アンドラステンマ(※セカンドメロディ。メロディに対してハモったり色々するパート)を作ることにも秀でていました。

JonnyとOle HjorthとDavid ○○(※名字の綴りが聴き取れませんでした)は、1980年代にPål Olleの作った曲の曲集を出しました。

Pål Olleが70歳になる時に。

その楽譜にはPål Olleのアンドラステンマも(音符で)書かれていました。

Ole Hjorthと私とで演奏する時には、Ole HjorthがPål Olleのステンマを覚えたのですが、私たちでコンサートをした時、このように言っていました。

「この曲はコンサート全体の中で一番難しいよ。他人が作ったステンマを演奏する、というのは」

(笑いが起きる)

彼はそれでも弾いていました。

そして、今回は私がその役目を果たそう(=Olleのステンマを弾こう)と思います。

では、Pål Olleがメロディもアンドラステンマも作った曲、「Pål Astrids skänklåt(ポール・アストリッドのフェンクロート)」です。

※参考:Pål Olle(Påhl Olle)のWikipediaのページ(スウェーデン語)

※Ole(Ole Hjorth)とOlle(Pål Olle)が出てきますが、紛らわしいので、なるべく両方フルネームで書くようにしてみました。

⑩(47:50~)”Pål Astrids skänklåt” av Pål Olle(「ポール・アストリッドのフェンクロート」ポール・オッレ作曲)

この曲は以前別の訳でも出てきました→Anna Ekborg i Bror Hjorths ateljé(2022.1)コンサート和訳④

(続きは明日)


今回Joelもやっていましたが、Jonny Solingが弾き終わった後に頭の上に弓を乗っけるのが、毎回かわいいと思います(笑)

このコンサートも結構進んできました。

長めなのでまだもう少しかかりそうですが、先の部分も楽しみです。

Ole Hjorthに関するコンサートと言っても、きっと演奏する奏者によって選曲は変わるだろうと思います。今回はこの3人だからこそのこの選曲なんだろうな、と思っています。

明日の部分もお楽しみに。

お読みいただき、ありがとうございました。