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ブレーキンゲ地方Aspöの写真(その2)ユースホステルの写真と人狼ゲームの思い出

/ ニッケルハルパ奏者

前回、Aspö(アスプー)という島へ行く時の写真を少しご紹介しました。

ブレーキンゲ地方Aspöの写真(その1)港からフェリーでAspöに向かう

その続きを書いていきます。

今回はAspöの宿(ユースホステル)の写真がメインなのですが、写真よりも思い出紹介が多めの記事になりました。

楽しんでいただけましたら嬉しいです。

Aspöの写真

フェリーに乗って、島に到着です。

フェリー乗り場から降りて、確かひたすら(20~30分くらい?)道路と林の中を歩いた記憶があります。

いや、もしかしたら、実際にはもっと短い時間だったかもしれません。当時はとにかくスウェーデン語がわからなかったので、「一体私はどこに向かっているんだろう…?」という未知への不安を感じながら歩いていたため、長く感じたのかもしれません。

道はこんな感じです。今思えば普通に良い感じの道ですね。結構暑かったのを覚えています。

少なくとも写真を撮る余裕はあったみたいです。

歩いているうちに、ちょっとした野外博物館のようなところを通りました。

確かここ、私たちが宿泊したユースホステルの近くだったと思います。

というのも、夜のアクティビティで「暗闇でのかくれんぼ」をした時に、この車の後ろあたりに隠れたのを覚えているからです。

(演劇学科のクラス旅行なので、旅行中にも遊びのようなアクティビティやワークショップが散りばめられています)

確かこの博物館の職員さんが、昼間に博物館の説明をしてくれたのですが、当然ながら私はその人のスウェーデン語を何一つ理解しないまま時が過ぎていきました。

ユースホステル(別荘のようなところ)

そんなこんなで宿に到着です。ユースホステルというか、別荘みたいな感じです。

(こういう写真をどこまで載せて良いのかわかりませんが、こんな感じのところでした)

壁にかかっている刺繍をご覧いただくとおわかりだと思いますが、ピンクと青を基調とした、ブレーキンゲ刺繍になっています。

(ブレーキンゲ地方の刺繍はピンクと青が基調になっているそうです。刺繍の写真はこちらでもどうぞ→ブレーキンゲ地方の写真(その5)ロンネビーの写真、住宅地・公園・秋の市

外はベンチがあって、あとは庭のような感じです。

そして宿の外観はこんな感じ。典型的なスウェーデンのサマーハウスですね。かわいいです。

ちなみに、外の様子は翌朝だとこんな感じでした。

もやがかかって幻想的です。

このベンチがいかにも良い感じで、ベンチを使って色々な演劇のワークショップのようなアクティビティをしました。

何をやったかはあまり覚えていませんが、2人ずつベンチを使って即興で何かをやって(会話とか)、1人ずつ順番に入れ変わっていく、みたいなものをやった気がします。

演劇学科にいた時は、基本的にワークショップは全部即興でした。スウェーデン語がわからない私も大変でしたが、私と組む人はもっと大変だっただろう、と思います。

即興の会話での私の答えや対応は、基本的にとんちんかんになることが多かったみたいなのですが、そこで気まずくなるのではなく、見ている皆がコメディとして明るく笑って見てくれるのは本当にありがたかったです。

ダイニングの思い出ーわからない人狼ゲームに無謀にも参加する

ダイニングはこんな感じです。

確かこのテーブルで、夜のアクティビティとしていわゆる「人狼ゲーム」をやったと思います。

人狼ゲームってご存じですか?

私が留学した当時(2010年)は全然知らなくて、そこまで一般的なゲームではなかったと思いますが、今では日本のTV番組などでもとりあげられていてご存じの方も多いかもしれません。

テーブル上でのロールプレイングゲーム(役割分担での推理ゲーム)です。

テーブルについている人たちはある村の人たちという設定で、その村人たちの中に、人を食う狼が2人紛れ込んでしまいます。村人の中には特別な役割の人もいて、人狼に対してアプローチができ、皆で協力してその人狼を追放することができれば村の勝利ですが、その前に人狼に村人が全滅させられてまえば、人狼たちの勝利です。(違ったらすみません。スウェーデン語と日本語で微妙に言葉が違った気がします)

昼と夜とで、村人サイドと人狼サイドできることが違うので、昼と夜の過ごし方が勝負の分かれ目です(だったと思います)。

自分が何の役なのかはお互いに伏せているし、たとえ本人が告白しても、それが本当の証言かどうかわかりません。皆で腹の探りあいの推理ゲームになるのです。

…と、ここまで書いて当然おわかりかと思いますが、スウェーデン語初級の私がこんな複雑なゲームを理解できるはずもありません。

当時はルールなんてわかっていませんでしたし、「狼」というのもよくわかっていなかったと思います。

なのに無謀にもやってみました。

ゲーム中、私がわかった唯一の文章は、ゲームをすすめる仲介者が言う「昼がきた」「夜がきた」の2つのセリフだけです。あとは全部勘です。

とりあえず夜がきたら目をつむって、昼がきたら目を開けることだけはわかったのと、最初に配られたカードの柄によって自分の役割が決められるらしいということ、私は村人らしいということ、皆の雰囲気から、どうやら心理戦の駆け引きらしいということだけはわかりました。

私のクラスは演劇学科なので、「昼がきた」「夜がきた」の言い方ひとつとっても雰囲気が出ていて上手いんですね。さすがだと思いました。

あとはひたすら流されるままにやり、最終的に私は「最後に食われる村人」となり、人狼2人が勝利しました。

ブレーキンゲでの1年目は、こんな風にわからないことだらけだったのに、そのせいか、かえってどの出来事も鮮明に覚えているんです。おもしろいですよね。

人狼ゲームのことは、数年後にたまたまネットで(日本語で)見かけて、「あ、これスウェーデンでやったゲームだ!」と思いました。

そうでなければ、今でもあのゲームは私にとって謎のゲームのままだったでしょう。「ああ、あそこで皆が話し合ってたのはそういうことだったのか」とか「最後に残った2人は狼だったのか」と、日本語でゲームの主旨を読んだ時、やっと理解したのでした。


というわけで、今回、あまり写真が紹介できていませんが、思い出紹介をしました。

残りの写真は次回以降ご紹介していきたいと思います。

ニッケルハルパをやるようになってから、いつも伝統音楽関連の話が中心なので、演劇学科の頃の思い出って、そういえば話す機会が全然ないなと思います。

これもスウェーデンの文化の一面だと思うので、こうしてブログに書けるのは良いなと思いました。

お読みいただき、ありがとうございました。