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「挫折は実は挫折ではない」ということと、ジャズの大好きな曲(クラリネット)について。

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

私がクラリネットで唯一今でもたまに趣味で吹くくらい、大好きな曲が一つあります。(吹けているかどうかは別にして)

Herb Hallの演奏する「Old fashioned Love」です。曲自体はたぶんもうちょっとゆっくりした歌だと思うのですが、この音源では軽快なアレンジの演奏になっています。Herb Hallは、ジャズのクラリネット奏者で有名なEdmond Hallの兄弟です。

この曲は大学でジャズサークルにいた頃からずっと大好きで、でも好きだったからこそ、当時はサークルの人の前では吹けませんでした。自分の中で大切にしておきたかったのです。

明るくて前向きになれて遊び心があって、ほどよくこじんまりしているのにとても伸びやかで自由です。


去年ブログを始めた頃に、過去の「挫折」のことなどを書いていたと思うのですが、ある経験を「挫折」と捉えるのも「一つの見方に過ぎないのだな」と最近思うようになりました。

例えば私が大学のジャズサークルを辞めた時も、あの状態で頑張り続けるのは無理だったから、それを自分でわかっていてどこかの時点で無意識に「引き返そう・やり直そう」と思っただけなのかもしれません。

演劇を勉強した後にスウェーデンに半年滞在していた時も、何をすればいいかわからず学生でもなく(通信教育を受けていたので学生ではあったのですが)社会に必要とされていない無力感を感じていましたが、別の見方をすれば「それでもストックホルムに半年間住んだこと」には変わりなく、「何かしなきゃと焦っていた自分に無理にでも『待った』がかけられた」状態で、「無理して我慢できていたことができなくなった →→ つまり、反動はあれど、本来の自分の自然な姿を取り戻していった」期間でもありました。それにあの半年間があったから私は「音楽がやりたい」と強く思えたのでした。

ジャズサークルを辞めた時、私は「自分が本当に好きなこととはなんだろう」と考え、自分なりにゆっくり行動し、そこで初めてスウェーデンを知ったり、今好きな本や漫画やドラマのことがあらためて大好きになりました。

ストックホルムに半年間滞在した時も、無力感にさいなまれる日々の中で「楽器が弾きたい」「歌を歌いたい」「なんでもいいからとりあえず音楽がやりたい」(演劇を勉強していた時は毎日学校のピアノを触っていたので)という衝動が自分の中に存在しているのを強く感じて、音楽は自分にとって必要なことなんだなと実感しました。

挫折、と呼ばれるような経験をすると、その後しばらくはやる気が出ません。淡々とした日々を過ごす中で、それでも「やりたい」「やろう」と思えることが、実はその時の自分にとって本当に大切なことであったりします。

そのことに気付かせてくれるのが挫折なのかなと思うし、そう考えると自分が「挫折だ」と思っていた経験も、「自分に合わないやり方から、自分に合うやり方や自分らしい生き方へと変化・移行していく一歩目」なのかもしれないと気が付きました。

そう思うと、挫折だと思っていた経験が輝いて見えてきます。

あと自分が挫折だと思っていることも、他の人から見たら「勇気ある撤退」とか「英断」に見えていることもあります。これは挫折以外の経験もそうです。例えばいじめられた経験なども、自分では「いじめられて惨めな思いをした」と思っていても、別の誰かからしたら「あの人は自分を貫いていて勇気があって、信用できる人だ」と思われている場合があります(いじめを肯定しているわけではないのですが、どうせ過去を変えられないから、自分の解釈を変えることで違う側面に気が付くことができる、という意味です)。

最近、こういうことを考える機会がありました。

物事の見方は一つではないし、自分に見えている世界が全てではないのだなとあらためて思いました。

今日もお読みいただき、ありがとうございました!

210曲目は「Polska efter Kalle Styfberg」です!