峰村茜のホームページへようこそ!どうぞごゆっくりご覧ください。

楽器の「今、手で触れている部分」以外も意識する。

/ スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」奏者

昨日思ったのですが、ニッケルハルパを弾いている時に、左手の「キーを押している辺り」だけに意識が集中していて、他の部分に意識が向いていないことに気が付きました。

他の部分とは、例えば楽器の先端の部分です。左手の「弾いている部分だけ」に意識が向いていると、左手はもちろん常に移動しますので、意識の矛先も常にあちらこちらにいってしまい、高音部分のキーを押さえる時に楽器が動いてしまったり、また音が飛ぶ時に間違えやすい今まで意識していた範囲を超えて手が移動することになるので、目的地まで到達できない)ということが起きます。

ではどうすればいいか?というと、ただ楽器全体の長さやサイズ感を意識します。

弾いている部分がどこであれ、楽器の長さは常に変わりません。これはとても当たり前なことを言っていますが、弾いている時にこの「楽器の全長」を意識できていないことは多いと思います。全体の長さやサイズ感を考慮に入れたうえで、「その中で左手が自由に動いている」と考えると、何も考えないで弾いた時よりも楽器・楽器の持ち方・気持ちが安定し、音が飛ぶ部分や急激に下がったり上がったりする部分でも目的地まできれいにたどり着きやすくなります。

楽器の全長を意識するというのは、「常にそのことを考える」というのではなく、一度意識してしまえば自然とその意識した状態に慣れていき、次第に考えなくてもできるようになるのではないかと思います。

また、これは左手のことだけに言えるものではなく、右手の位置や弾き方に関しても同じことが言えると思いますし、弓もそうです。弓も私は弾いている部分に意識がいきがちなので、弓全体の長さや存在を意識していきたいです。

今日書いたこととほとんど同じことを先日、身体の使い方の先生に言われたのですが(左手に関することではなく、「もっと楽器全体を考えてみてください」ということだけ言われたのですが)、その意味がより明確にわかったような気がします。


それとは別に、今日は「緊張」について考えました。

動画を撮る前、私は動画に撮るための曲(ほとんどがその日初めて弾く曲)を本気で練習するのですが、いざカメラを向けると先ほどまで練習していた時と明らかに身体の感じが変わっていて、弾けなくなっていたりします。

というか弾ける弾けないに関わらず、身体が違うのが明らかに(弾く前から)わかります。心臓がどきどきしたりするほどではありませんが(本番とは違いあくまでカメラなので)、身体がかたいのです。

その中で試行錯誤していると、ある時急に「緊張が解けて身体がふっと楽になる瞬間」のようなものが来ることが多いので、そしたら動画が撮れて終了という感じです。

(最初から緊張しない曲もあります。難しめの曲は緊張します)

本番でも、最初は緊張していてある瞬間から一気に抜ける、ということが結構多いので、その「緊張していた時の身体の感じ」と「緊張が解けたあとの身体の感じ」の違いがとてもおもしろく、私は非常に興味があります。何がきっかけで緊張するのか、何がきっかけで緊張が解けるのか。

また、ニッケルハルパのレッスン中によく新しい曲の録画や録音をしてもらうのですが、その時はあまり緊張はしません。これもまた不思議です。

緊張についてはおもしろくてかなり興味があるので、明日以降も考えてみたいと思います。あとその他に今興味があるのが、「繊細な表現をいかにするか」ということです。考えたいことがたくさんあります。

今日の動画は以前もご紹介したもので、Lena Jonsson Trioの「Andra Våningen」です!

私の動画は275曲目「Tobopolketten」です!Eric Sahlström作曲です。トリルがもっと入れられると良いのですが、やはり少し端折ってしまいました。

今日もお読みいただき、ありがとうございました!