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こじんまりと弾く癖をどうにかする試み(後編)

/ ニッケルハルパ奏者

昨日に引き続き、「こじんまりと弾く癖をどうにかする試み(後編)」です。

昨日のものはこちら→こじんまりと弾く癖をどうにかする試み(前編)

もっと大きく、スピードを上げて

「思った以上に大きく弓を動かし、スピードを上げているつもりでも、動画で見ると全然まだまだ…」

という事実を、「もっと大きく弓を動かしてよいし、もっとスピードを上げてもよい」と解釈した私は、自分にとっての常識的な弓の動かす範囲・スピードを越えよう、というつもりで練習しました。

もちろん、弓のコントロールや音の響きのコントロールは全然効きません。

「安心して、自分の響きを楽しんで弾く」どころでもありません。→最近、練習中に意識している2つのことー「安心して弾く」ことと「音色(響き)を聴く」こと自分の出す音を自分が一番に楽しむように

少し爽快感がある

ただ、この練習をやっていて私は「少し気持ちが良いな」と思いました。

「こう弾かなきゃ」とか、「こう弾いた方が良いだろう」と思っていたことを全てすっ飛ばして(一旦わきに置いておいて)、とにかく今までの自分がやらなかった動き方・挑戦してこなかったスピードで弓を動かすというのは、気持ちが良いし楽しいことだと思いました。

腕や手の力→必然的に抜ける。ただし、圧に耐える何かは必要

弓を大きく動かして、スピードも上げるということは、弓や手に力を入れていたらできません。

腕全体~手~弓が全体的に少し力が抜けるのを感じました。

というか、そうしないと本当に弾けないので、必然的にそうなっただけなのですが。

しかし一方で、スピードが上がると、弓の圧力がかかって抜けるのもより瞬間的になるので、ただふらふらと弾いているとその圧のスピードに全然追いつけずに、音が裏返りまくるということもわかりました。

腕~手の力は抜くけど、弓に圧力がかかった時はそれにしっかり応えられるようでなければいけないのだな、と思いました。

それがおそらくコントロールなのだと思います。

実際にどうやったら良いのか?はわかりません。ただ、やりながら学んでいくしかないと思いました。

とりあえず今の時点で「圧に耐えられないから」といって、スピードを緩めたり動きを小さくするということはしないように、とだけ思いながら練習しました。

肩、背中をもっと動かすと良い

その練習中に撮った自分の動画を見て思ったのは、私は「肩より先の部分(いわゆる腕)」しか使えていないな、ということです。

おそらく、肩自体や背中(特に肩甲骨周辺)をもっと動かして使えるようになると、より自然に大きい動きが可能になるのではないかと思いました。

肩より先だけを大きく動かそうとしても、限界があります。

また、首~肩甲骨~背中あたりがうまく使えていない(動いていない)せいで、首や上半身が腕の動きに非常によくつられてしまっていると感じました。

これらが一緒に同じ方向に動いてしまうと、腕の動きが相殺されてしまいます。

首や背骨から腕までの間の筋肉の伸縮がもっと上手く使えると、腕の動きが、より楽器の音に活かされるだろうと思いました。

これに関しては、今後身体のことをブログに書いた時に、またふれたいと思います。

音のこと

「響きのことはとりあえず置いておいて、動きを中心に…」と思ってこの練習をしていたのですが、私はこの時点で自分の動画や練習録音を聴いて、あることに気がついてしまいました。

自分で響きをコントロールしていた(少なくともしていたつもりだった)時よりも、今の方が、音(響き)と演奏が全然良い、ということに。

コントロールはできていないので、そこは改善の余地が大いにありますが、動きやスピードを変えたことで、今まで自分が「こうやって弾きたい」と思っていた音色や演奏に、方向性としてはより近づいていると感じました。

コントロール外に飛び出す必要性

私は、動きを大きくしたり、スピードを上げるとコントロールができなくなるので、「自分がコントロールできる範囲内で音や演奏をどうにかしよう」としていました。

それはそれで一つの練習なのですが、ある程度そこに留まったら、コントロールの範囲外へ出ることが必要だと感じました。

これは、小さな世界から大きな世界に飛び出すようなものです。最初は上手くいかないかもしれませんが、今まで知らなかったスケールで物事を考えることができるようになり、今までと違う解決方法を思いつくだろうと思いました。

あえて一回コントロールの世界からはみ出し、スケールを大きくし、そのスケールの大きさのままどうやってコントロールしていったら良いかをいちから学ぶ方が今の自分には良いのだ、と思いました。

具体的にどんな音/演奏になったと感じたか

良い音と演奏(の方向性)になったと書きましたが、具体的にはこのように感じました。

①「音を押す」感じがなくなった

②テンポは同じなのに、間ができてゆったりと演奏しているようになった

③拍のリズムが明確になった

①「音を押す」感じがなくなった

①「音を押す」感じというのは、私が留学から帰ってきてからずっとしつこく自分の音について感じてきたことです。

もしかしたらブログにも何度か書いているかもしれません。

自分の演奏の録音などを聴いて、いつも思っていたんです。「音をぐっと押している/押しつけている感じがするなあ」と。

弓のスピードが遅く、動きも小さかったので、音の長さのあいだ分ずっと、弓で弦を押すように音を出してしまっていたのかなと思います。

弓のスピードも、拍分を全部均等な速さ(一定の速さ)で出していたかもしれません。変えた方が自然で美しいので、自分としては変えているつもりだったのですが。

動きが大きくなり、スピードが上がったことで、「音を出した瞬間」と「響き」の余韻のメリハリが少しつくようになったと感じました。

②テンポは同じなのに、間ができてゆったりと演奏しているようになった

これについても、たしか以前ブログのどこかで「私の音は急いで次にいってしまうので、間がなくて、詰まって聴こえる」というようなことをぼやいていたと思います。

音を出す瞬間と余韻とのメリハリが多少つくようになったので、前の音から次の音にいくまでの間に、適度な抑揚の間(ま)ができているように思いました。(音自体は途切れていないけど、抑揚として間がある、という感じになれると良いなと思っています)

③拍のリズムが明確になった

スピードが上がり、動きが大きくなった分、音を出す瞬間をより狙うようになったので、結果的に拍のリズム(「1・2・3…」など)がより明確になっていました。

伝統音楽は、メトロノーム通りという意味での「正確なテンポ」では演奏しない(微妙にずれる)と思いますが、奏者の頭の中で保たれる一貫したリズムと、その人の実際の演奏(音)が一致していることは、とても重要だと私は思います。

メトロノーム的には正確ではないが、奏者にとっては一貫していて明瞭なリズム(→正確に聴こえる)、という感じです。

これも、音のメリハリが多少ついたおかげで、拍のリズムにも強弱がつきやすくなったと感じました。

まとめ

今の時点ではまだ途中ですが、とりあえず、もっと自分が「こうしよう」と思う動きやスピードにもっと挑戦してみようと思いました。

音や弓のコントロールはその過程で身につくかもしれないし、もしかしたら身につかないかもしれないけど、身につかなければそれはその時に考えよう、と。

「弓を大きく動かす」とか、「スピードを上げる」というと、やたらと振り(音)の大きい演奏になりそうなイメージがありますが、

よく考えてみれば、ニッケルハルパは弱い音を出す場合にこそ、弓を大きく動かしスピードを上げて弾きます。(=駒から離れた場所を弾く時の原則※)

そして、反対に大きい音や強い音を出す時の方が、圧力が上がり、スピードも下げてゆっくりと粘り強く動かすことになります。(=駒から近い場所を弾く時の原則※)

※これらの「駒からの距離・弓の圧力・スピードの原則」についてはこちらで書いています→「弓のスピード」「圧力」「駒との距離」の相関関係について

つまり、強い音や大きい音、強調したい音を弾く時ではない限り、基本的には常に積極的に弓を動かした方が良い音が出るのではないか、と私は思っています。(もちろん表現したい音楽によっても変わりますが)

また、コントロールの外に出ることに関して、練習過程で変な音や汚い音(と自分には聴こえる音)を出すことを怖がる必要はないのだと思いました。

そこを勇気を持って乗り越えれば、今までの自分が出していた音と違う音を出すことができるのではないかと思います。

自分の常識の外に出ることは、とても新鮮でおもしろく、発見があるのだと思いました。

引き続き練習していきたいと思います。


以上、「こじんまりと弾く癖をどうにかする(後編)」を書きました。

私はまだコントロールできるまでに至っていませんし、身体の動きも全然もっと良くできると感じていますが、「こじんまりと弾く癖」に対する自分なりの対処法の糸口は見つかったような気がします。

自分の変化が見られてとてもおもしろいです。

ぜひ、参考にしていただけたら嬉しいです。

お読みいただき、ありがとうございました。