少し前のできごとです。
(音楽とはあまり関係の無い話で、ネガティブな内容なので、興味のある方だけ読んでいただけたらと思います。同じような事態に遭遇した方の参考になればと思って、書きます)
こんなことがありました。
以前一度だけお世話になった方から、先日「○○という雑誌のインタビュー取材をさせてほしい」というお話をいただきました。
「謝礼は無いが、PRになるだろう」と。
(この時点でトラブルのにおいがしますが…)
正直な話、私は普段雑誌を読まないので、雑誌に掲載されることが自分のPRになるとは思っていないのですが(出版関係の方、すみません…)、
その方への義理立てとして、「私でお役に立てるなら」と一度はお引き受けしました。実際、そういうことで続くご縁もあるかと思うので。
先方のメールの文面が急いでいるようだったので、私もお話をいただいてから翌日には返信したと思います。
普通の取材・インタビューの場合
取材やインタビューというと、たいていは写真を撮影してインタビューをして、1~2時間くらいで終わりという印象です。
私はその場に楽器を持って行って、写真を撮っていただいてお話をして、あとは原稿の確認をするだけだなと思ったので、「無報酬でも、自分の負担の無い範囲で協力するのくらいなら良いかな」くらいに思ったんですね。
(これまでの取材は全てこんな感じで、きちんとした所は謝礼も出ていたので)
先方からの要求がエスカレート、過剰な演出(やらせ)写真の提案?
が、メールのやり取りがどうにも変で、先方からの撮影シーンの要求がどんどん増えていきました。
そもそも最初は、
「以前(お世話になった時の)撮った動画の一部を切り出して写真で載せることが可能なので、当日のスナップ写真は少しで良い」「写真とインタビュー」
という話で。
私は、とりあえず知り合いのつてで撮影に協力してくださる場所の許可をとり(それも本来なら私のする仕事ではなく、この時点で私の中では不信感が芽生えていましたが)、あとは具体的な日時と場所を決めて、写真に関しては当日可能な範囲で撮影すれば良いのでは…?と思いそのように提案したのですが、
私の提案や具体的な話(インタビュー日時はいつにするのかとか)には応じずに、先方からは「追加の撮影シーン」として、長文の提案メールがあとからあとから届くようになりました。
「編集部の方ではビジュアルでストーリーが語られているようなもの
「ご自宅での撮影はいかがでしょうか」
…。
最終的に、
「写真のバリエーションがたくさんあればあるほど、それらを組み合わせながら魅力的なストーリーを作ることができる」
「インタビューは無く、撮影中に話したことを自分がフィーリングでまとめる」
「たとえば、(楽器演奏には体力が必要だから)ジムに通うシーン、毎日走る様子。留学時代のアルバムを見ているシーン、図書館で北欧関連の本を借りるシーン。民族音楽を聞きながら公園のベンチでぼーっとするシーン、カフェでレッスン前後にひとやすみするシーン。そんな撮影シーンが理想です。そのようなスナップが撮れれば、と思います」
「ご協力を」
さらには、
「遠くに行く必要はなく、
と。
(私が、「自分が普段大切にしているのは地道な練習で、演奏中はスウェーデンの景色を思い浮かべています。普段は自宅とレッスン、演奏場所の往復という地味な生活です」と言ったら、それらをビジュアル的に象徴するシーンとしてこれらのシーンが提案されたようです)
(ちなみに、上記のどれも私が普段行う行動ではありません。毎日走るとかありませんし、レッスン前後にひとやすみとかしません。直帰です)
要するに「私の日常」を紹介する、過剰な演出(やらせ)写真を提案されている?ということなのかな?と思いました。
無理です…(過剰な演出は日常茶飯事なのかも、と感じた)
で、「私にはこれは無理だあ~」と思いました。
だいたい、図書館とかカフェとか、誰が場所を選んで、撮影許可は誰がとるのか?これも私がやらされるのではないか?と思いましたし、
そんな演出写真、誰が見るんだ??という気持ちになってしまいました。
客観的に考えて、こんなしがない演奏家の、過剰に演出した日常写真(「私はこんなに素敵な生活を送っています(カフェでくつろぐ峰村の図。足を組みコーヒーを飲み物思いにふける。ザ・プロフェッショナル)」的な)…
これは、ギャグだな…笑えてしまう…
と思ってしまいました。
この時点でもう、この方とメールのやり取りをすることに恐怖を抱いていたので(食虫植物にからめとられている気分)、私には対応できません、と丁重にお断りをしました。
すると、「そんなに硬く考えなくて大丈夫」「上記の追加撮影シーンはあくまで例なので」「出版社にはすでに名前を伝えてあるので進める方向でいいか」と(私がやり取りしていた人は、出版社の人ではない)。
これもまた恐怖でした。
私のようなフリーランスの立場はやっぱり弱いし、私自身がこういうことに慣れていないので、一度断った後に、平然と「出版社に名前を伝えてあるからもうやるよね?」みたいなことを言われるとびびってしまいます。
が、もう一度、同じお断りの文言をお送りしたら諦めてくれました。
(「懲りずにまたお声がけします」とのことで、これも怖いと感じましたが)
結構有名な雑誌らしく、見本の記事を見ても癒し系な感じなのですが、
こんなほんわかした雰囲気の素敵そうな誌面でも、過剰な演出は日常的で普通のことなのかもな…と、私は今回、裏側というか闇の部分を覗き見たように感じてしまいました。
(私がやり取りした方がそうだっただけかもしれませんが、基本的にそのシリーズは、その方が担当しているみたいなので)
取材全般について思うこと
もともとは、怪しい話を「かつてお世話になったから」という理由で引き受けた私がいけないのですが(最初から少し警戒はしていましたが)、相手のお人柄とか、お話をすすめてみないとわからないこともあるので、断るかどうかの判断って毎回難しいんですよね。実際は怪しくなかったこともありますし。
ただ、今後は謝礼の出ない取材のお話は基本的にお断りすることにしました。
(追記)「今後は謝礼の出ない取材はお断りすることにした」と書いたのですが、よく考えてみれば、今回は謝礼が無かったからこそ私もきっぱりと断りきれたわけで。謝礼をいただくような話だったらかえって断りきれなくて苦労したかも…と思いました。なので、謝礼の有無に関わらず、信頼できる方の紹介をのぞいて、基本的には取材はお断りしようと思います。
というか、取材って、どんなに大きな所でも、基本的にこちらにあまりメリットは無いんです。正直な話。
PRにもなりません。
それでもお受けするのは、「声をかけてくださってありがたい」「お役に立てれば」と思うからだし、相手側にこちらを利用する意志が無い時は、たとえ謝礼が無くても楽しく取材を受けさせていただき、「お役に立てていると良いな」と心から思います。
以前、TVとかにもほんの少し出させていただきましたが、びっくりするくらい反響が無くて…。
「全国ネットのTVですらこんなに反響が無いんだ」と思ったんですよね。
(パン屋さんとかだったら、お客さんが増えるのかもしれませんが。ニッケルハルパだとちょっと特殊ですね)
(喜んでくれるのは私の知人や生徒さんで、知らない方からの反響はほとんどありません)
むしろ逆で、特に、謝礼の無い取材(たとえば雑誌)の場合、取材を「受けた側」が、その雑誌を宣伝するので、雑誌にとっては少しでも売上や閲覧数アップにつながる。
にも関わらず、こちら側にはPR効果はほとんどない…というのが実態だと、私は感じています。
私も、ここ数年でその事実にうっすら気づき始めていたので、今回も「わー、取材の依頼が来た~♪」と浮かれずに済み、冷静な気持ちで応じられたのは良かったかなと思います。
普通に練習せよ
取材だなんだというよりも、私としては普通に地道に練習して、現地の演奏家の音源や動画を見て、地道に研究して…ということをした方が良いなと思っています。
その方が自分にとってのメリットは大きいです。
しかも、雑誌や取材に頼らなくても、今の時代はブログもあるし、インスタグラムやYouTubeで動画も発表できる。音楽配信で音楽も配信できる。
自分で直接発信できる場の方が大切だなと感じています。
普通に、地道に、練習しよう。それが私にとっても喜びなので。
そう自分に対して思いながら、今週末のオーテルさんでのLIVEに向けても頑張りたいと思います。
(数日前にお伺いしたところ、LIVEのお席はほぼ完売だということで、ありがとうございます!)
楽しんでいただけるように、精いっぱい演奏いたします。
過剰な演出をしなくても、北欧の伝統音楽もニッケルハルパも、ただそれだけで素敵な音楽なのです。
同じようなことでお悩みの方がいらっしゃいましたら、ぜひ参考になれば幸いです。
