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フォークダンスに参加し始めて、スウェーデンで踊れなかった理由が少しわかった気がした

/ ニッケルハルパ奏者

6月ももう後半に突入していますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

私はブログを書く時によく「雨音」のプレイリストを流しているのですが、今日は私の住んでいる地域では雨が降っています。それでも結局プレイリストでも聴いておりますが。

さて、演奏ですが、私の方は先週末の夏至祭イベントが終わり、少しひと段落しているところです。

ここから少し告知をしないタイプのお仕事があり、その後、8月に別の方とのライブを行う予定です。楽しみです。告知できる段階になったらお知らせいたしますね。

実はプライベートな話ですが、家族が7月・8月に2名ほど、それぞれ手術を受ける予定なので(命に関わるものではないと思います)、その間、少しバタバタとする予定です。

(子どもたち(姪・甥たち)を見たりとか、色々と)

普段と違う生活リズムにおそらく戸惑うだろうと思いますが、自分の体調も気をつけつつ、いつも通り、できることを地道にやっていきたいと思います。

フォークダンスに通い始めた

5月くらいからフォークダンスの集まりに通い始めました。

フォークダンスと言っても様々なものがあるかと思いますが、私は普通に(?)スウェーデンのダンスです。

通っているのは、ダンス教室みたいな所ではなくて、ダンサーさん方が集まってダンスをしている会に参加させていただいている形です。毎回ではなくて、隔週くらいで参加しています。

スウェーデンのフォークダンスだと、日本でもこういう会がいくつもあり、基本的にダンスは「習うより慣れろ」という感じで、やりながら教わることが多いかなと思います。

私もそんな感じで教えていただきながら(教えていただいたことはたぶん半分以下くらいしかできていないと思いますが)、できる方たちに混ぜてもらって、やらせていただいています。

よく間違えるし、前回やったことは基本的に忘れているので、やりながら思い出す感じです。

私は常々運動不足を自覚しているので、身体を動かすのは良いことだな~と思っているのと、新しいダンスに挑戦して知らない身体の動かし方を教わると、なんだか新感覚でおもしろいです。

あと、単純に、リズムに乗って皆さんと動くのが楽しいと思いました。

実はダンスには以前から「挑戦しなきゃな~」と思っていたのですが、以前はもっと「演奏のためにダンスも知らなくては(キリッ)」みたいな、優等生みたいなかしこまった気持ちが強くて、いまいち腰が重かったのです。

それが、今年に入ってからは「なんとなく、やってみたいかもな~」と思ってきて、「まあ、全然できなくても良いし、演奏に何一つ生かせなくてもいいや。運動、運動」と思ったらすごく気楽になって、参加させていただくようになりました。

私は「参加することに意義がある」と思っているので、ダンスの場合も、上手くなることよりも、会に顔を出すこと、皆さんに会うこと、参加すること、できなくても挑戦すること、を大事にしたくて。

もしも、上手くなるために何かを犠牲にしたり、人との関係性がギクシャクするくらいなら、その時は一度距離を置いても良いかな、くらいに気楽にとらえています。

もちろん上手になるに越したことは無いのですが、私の場合はそこを目標にしない方が続く気がするので。

無理せず楽しくやっていきたいなと思っています。

スウェーデンで教わった時と比較して…「ステップばかりもダメだけど、ステップを全く教わらないのもキツかったんだ」と知る

スウェーデンの留学先で全く踊れなかった理由

で、フォークダンスをやっていて思ったのですが…

私、スウェーデンに留学していた時にもフォークダンスの授業を2週間に1回くらい受けていたんです。

でも、ダンスはほとんど踊れませんでした。

当時は、なぜこんなにも踊れないのかよくわからなくてひたすら自分を責めていたのですが…

最近ダンスに参加するようになって、やっとその理由に思い当たるようになりました。

おそらく、スウェーデンの留学先では「ステップを教わらなかった」からなんだろうな、と。

(ステップというのは、例えば「最初に右足を出す」とか、「2拍目で左足を出す」とか、そういうこと)

先生達のポリシー

スウェーデンでは…と書くと分母が大きすぎますが、少なくとも私の留学先のダンスの先生方は、「ダンスのステップを教えることに対する反発」というか、「ステップばかりのレッスンになることへのアンチテーゼ」みたいなものを強く持っている印象で。

「ステップを教えたがらない」方々だったんですよね。それが彼らのポリシーだったのかなと私は感じています。

(「頭と足だけのモンスターにならないように!」とよく注意されたのをすごく覚えています。つまり、頭でステップのことだけ考えて、身体のバランスが伴わないダンスを踊るな、ということです)

(たまにそれでも気になって、「ここは右足?それとも左足?」とか訊くと、「どちらでも踊れるはずだから、それは重要ではない」と言われて、結局よくわかりませんでした)

先生方は、ステップよりもとにかく「自分の重心移動」と「自分と相手との関係性」「ダンスと音楽の関係性」に着目していました。

なので、ダンスの授業も基本的に「1人で」ひたすら「音楽に合わせて」「歩く」。

その歩いている様子を皆でお互いに観察しあって、ああだこうだと議論して、それを自分の歩きに生かす。

なんなら、「一歩足を踏み出すごとに新しい世界に入るような気持ちで踏み出して」とか「今度は逆に古い世界に後ろ髪を引かれるように踏み出してみて」という指示を受けながら歩いたりとか、そんな感じでした。

教わるのには段階がある

その練習法自体は非常に素晴らしい練習なのですが、これが、ダンス初心者の私にとっては…

…実際に踊ろうとすると「ステップが全然意味不明すぎて踊れない」…

…「教わったこと(重心移動など)が全然できない」…

(「教わったことができない」というのは、とても惨めな気持ちになりますね。身を持って体験しました)

そして、「ダンス怖い」になっていたのです。

(3拍子で踊っているのに、私だけ、ステップがわからなさすぎて足がもつれて4.5拍子とかによくなっていた)

何かを教わる時って、やっぱり段階があると思うんですね。

初心者には初心者用の教え方が、ある程度慣れてきた人にはある程度慣れてきた人用の一段階上の教え方が。

…たぶん私、スウェーデンの先生達が思っていた以上に、ダンスの初心者だったんだと思います。

だから、いきなり玄人目線の一段階上のこと(「考えるな、感じろ」的なやつ)を教わって、混乱しましたし、混乱するのは自分が悪いと思っていたので、居心地の悪さを感じていました。

(例えば、服の着方がわからないのに、「服とは着るものではない」と言われた、みたいな。そんな感じ)

先生達のことは好きでいたかったので、その辺の気持ちの板挟みもあった気がします。

(本当は「教わったことを理解すること」と「受け入れること」、そして「先生達を信じること」はそれぞれ別の話なのですが、その辺が当時の私の中ではごちゃ混ぜになっていたので、先生達のやり方をなるべく受け入れたかったし、先生達のやり方が自分に合わないことを認めたくなかったのです)

これが日本だと、逆にステップのことを中心に色々と教えていただける気がしていて、少なくともダンス初心者の私にとってはそれがとてもありがたくて…。

「わかりやすいな~」と思いました。

次、右足、とか、1拍目で左足、とか、基本的なことを、やっぱり知りたいんですよね。

それすらわからない状態で、「重心移動→いきなりダンス」みたいなことをやっていたから、そりゃ回転できないのはもちろん、ダンスに対して苦手意識がついたままだよね、と。

大変だったし、本当に惨めな気持ちになっていました。

もちろん、留学先の先生達が悪いわけではありません。

彼らが言っていたように、頭でっかちにただステップのことだけ考えていてはいけないと思います。

が、その一方で、ステップを全く教わらないのもキツかったんだな、と。

今回このことに気づいて、当時の自分を労わる気持ちにもなりました。

様々なやり方にふれることで、色々と感じた私でした。


フォークダンスについては、まだまだ自分の中でも未体験ゾーンばかりなので、やっていくうちにまた発見が色々と出てきそうです。

色々な人の意見ややり方にふれるのって、大事だなと思いました。

私は個人的には、あまり縛りがきつい人とか、考えが強すぎる人のやり方ってどうも苦手で。尻尾巻いて逃げたくなります。

(好きな作家さんの本(エッセイ)とかでも、文章の雰囲気が好きで読んでいるけど、主張が強い部分は苦手でちょっと飛ばしてしまう…)

フレキシブルな感じの考え方・教え方の方が自分には向いているなと思うので、そういうものを取り入れつつ、自分の中で「あれ?」と思う時は少し距離を置きながら、楽しくやっていきたいと思います。